時を束ねて リボンをかけて

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家庭菜園の難しさを知る。

今年、ナスやピーマンやミニトマトと植えたときは、とらぬ狸の・・であったが、天候がおかしい日が1か月も続いたから、収穫はほとんどなかった。
ミニトマトも最初はものすごい量だったが、すぐに撃沈。

隣の御主人が、風が強いからここは根菜しか植えられないと言っていたが、それもあるが、とにかく今年は天気がダメだった。
晴れの日が少なかったから。
今やっと、ナスやピーマンが花盛り。
ミニトマトは1本だけ残して後は処分。

家庭菜園の難しさを知った。


それでもスペースが少しだけあるので、ブロッコリーを植えたいと思った。
ホームセンターで、かなり売れている。
苗が小さかったので、店員さんにこのまま植えても大丈夫かを聞くと、寒冷紗(かんれいしゃ)というものを上から被せると教えられた。
店内でそれを見ていると、いろいろな種類があって、防虫ネットと寒冷紗の違いがイマイチよくわからない。
そもそも、こういうものを使うときはよく畑などにあるアーチ型の支柱が必要となるのではないだろうか?
そこまで本格的なことをする根性もスペースもないのだが。
その場に、詳しそうな中年の男性がいたので、そのことを聞いてみた。

「何を植えるの?」
ブロッコリーです。

「ブロッコリーはアオムシがつくよ。アオムシ見たことある?」
アオムシですか?う・・・ん、アオムシ…アオムシ・・・青い虫?
「いや、色は緑色。キャベツによくつくけど」
苦笑している。
いや、あきれている。(笑)

それで思い出した。
キャベツを買った時に、緑色の虫がついていた時が一度だけある。
あれか!!

ちょっとだけ作るのであれば本格的なアーチ型の支柱なんていらなくて、棒を立てて寒冷紗を被せて四隅をその棒に縛るといいと教えてくれた。
それはいいアイデアですねと喜んだ。

そこでまた、アオムシの話に戻った。
「毎日、毎日、アオムシを取らなきゃならないよ」と言うのだ。

取ったものはどうするんですか?
笑いながら、「踏みつぶすんだよ」と言われた。
ああ・・そうですよね。

なんだか私が自分でバカに思えてくる。
そこで、私はもしかしたらブロッコリーを作るだなんて、難しいことに挑戦しようとしているような気がしてきた。
私のようなド素人には無理かもしれない。

その人もそう言いたいのだと思った。
ド素人は見抜かれただろうし、虫が苦手なように最初から見抜かれていた。
だから、ちょっとブロッコリーは私は作るかどうか考える時間が必要ですねと言ったら「うん」と言われた。(笑)



私は確実に元を取りたいという気持ちが強いから、家庭菜園を楽しめないのかもしれない。


空いているスペースに何を植えるか思案中。



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| ひとりごと | 21:07 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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ススキの声を聞く。

「ススキの声を聞く」だなんて、詩的なタイトルをつけてしまった。
私らしくない、(笑)


ついでに即席でヘタな短歌をひとつ。

「台風の 音におびえし 愛猫は 一過の朝に ススキの声聞く」・・・字余り。(笑)

たいふうの おとにおびえし まなねこは いっかのあさに すすきのこえきく



一昨日はの小雨が降ったりやんだり。
昨日は1日中、雨。
今日は寝ている間に台風が去って、台風の被害にあわれた方には申し訳ないのですが、こちらは朝から天気が良かった。

それで、その辺のススキよりもはるかに大きく育てた(笑)ススキの撤去に取り掛かった。
なにしろ、庭の何もないところにススキの一群があって、例えば散歩で家の前を通りかかった人には、ン???とおもうと思う。
いくら他人にどう思われてもいいといっても、私流の美的センスが許さない。
美的センスは元々ないんだった。(笑)


ところが、しぶとい。
かなり深く潜り込んでツツジの周りを囲んでいたので、ススキを除くにはツツジを掘り起こすしかなかった。
根が広がっていて少しずつノコギリを入れて切り離していく。

PAP_0102.jpg


切り離しても、スコップやシャベルで掘り起こすのにかなりの力が必要で、これだけで休み休みで午前中の3時間が消えた。
昨年はススキなんて生えなかったのに、どうして突然根付いたのかさっぱりわからない。

PAP_0103_20170918221148f1c.jpg



ススキの声を聞くというのは、
「なによ。勝手に勘違いして、栄養剤まで与えて大きくしておきながら、いらないから撤去だなんて!!ふざけているわ」
と詩的でもなんでもなく、ススキが言っているだろうということである。
ホント、ごめんねえと謝りたいくらいだ。

スッキリした。

PAP_0101.jpg


午後からは掘り起こしたツツジをまた土に戻そうかと思ったが、鉢植えにした。
この鉢は前の家から持ってきたもので、両親のどちらかが購入したものだが新品である。
鉢の中に値段が書いてある。

PAP_0100.jpg



こんな高い鉢を捨てるわけにはいかないと、ケチくさい考えが頭をよぎり持ってきた。
根についた土をきれいに落として(自己流)、少し切り詰めて(自己流)、水洗いして(自己流)、185円で買っておいた園芸の土で植えた。
枝も切った。(もちろん自己流)


今はツツジの植え替えの時期ではないと思うから、育つかどうかわからないが、鉢にいれて玄関の前に置くとそれなりにさまになっている。
少なくともススキに囲まれているよりは。(笑)


PAP_0099.jpg



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| ひとりごと | 22:17 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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無知って時には喜劇になるのね。

前に「散歩の花図鑑」というものを購入したことは書いた。
その後、花も知らないけれど木も知らないので、150円と破格の値段での中古本の「身近な木の花ガイドブック」というものも、購入したのだ。
そういうものに頼らないければならないほど、つまり木や花に私は詳しくないということだ。
せめて人並みに・・・。
(人並みというのがどの程度のことをいうのか不明だが)
せめて年相応の・・・。
(これもどのくらいの知識があればいいのかよくしらないが)
そこそこの草花や木の知識が欲しいといつも思っていたのだ。
そのくらい私はそういうことに対して無知なのである。


これは、前にブログにも書いたが、前の住人が植えていった根元が同じなのに紅白の花が咲いたツツジである。

PAP_0110.jpg

花が終わってから、その周りから草が生えてきた。
それが、私から見るとどうも球根のように見える。
何しろ、前の住人はそこら中に球根を植えていたし、木々もどうして間隔を開けないで植えるのだろうと思うくらい、やたら植えまくっていたのだ。
この草というか球根だと思い込んでいる葉っぱは、すくすくと育った。
いつ花が咲くのだろうと楽しみにしていたくらいだ。
だいたい前の住人が植えていった球根や木は整理をつけてさっぱりさせたが、この葉っぱだけが気になって、この一角だけ特別扱いをしていた。

だんだん大きく伸びて行って、やっとそれがなにか判明した。


ススキだぁ~。

PAP_0103.jpg





いやあ・・・笑うしかない。
ススキなんてそこら中にあるのに。
何を勘違いをして、何を期待して育ててきたのだ。
毎日水を与えて・・・。(笑)
たまに栄養剤も与えて・・・。(笑)


だからね。
無知って悲しいもんだわね。(笑)





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| ひとりごと | 22:22 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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これからの秋の夜長と、すぐ来るであろう冬のために。

突然、本を読みたいと思うときがある。
どんな本かなんて、ジャンルは関係なく。
本は買わないと決めているし、ずっと図書館ばかり利用してきた人間だけど・・・。
それに、分厚い難解な本は読まないのだけれど・・・。
そこまで頭は動かない。(笑)


引っ越してきて初めてこの市の図書館に行ったときは衝撃だった。
家の近くにあるが市の図書館の分所だったせいもあるけれど、読みたい本がないというより本そのものがなかった。
書架を一応見てみると、古い本ばかりで、ちょっと笑ってしまったくらいだ。
そのあと、本館にも行ったが、う・・・・ん、ドキドキ感はまるでなし。
やはり本は少なかった。
私は古本には全くこだわりはない。
若いときは古本屋通いをよくしていたし。
しかし、ここまで古い本が堂々と書架に並べられていると、予算の関係なのか、市民の読書に力は入れてないということがわかる。
まあ、人口的にも期待するほうが無理というものなのだけれど。


最初に行った分所に冝保愛子の本があった。
ぎぼあいこ~!!!、いったい何年前の本だと思ったが、手に取ることはしなかった。
20年前くらい?それよりもっと前?
若い人は「冝保」と書いて、「ぎぼ」と読めるだろうか?
読めた私は、古い人間だということだけど。(笑)
彼女に全く興味がなかったので、冝保愛子が出演していたテレビ番組を見たことがないが、ええっとそうだ!霊能力者だったと思い出した。
ベストセラーになるほどの本は出版されたかもしれないが、この図書館に今現在置いておかなきゃならないのか~と思ったのだ。


この市の図書館に期待はできない。
が、時々見に行く。
先日行ったときは整理したのか、少しスッキリしていて、冝保愛子の本はなくなっていた。
誰かが借りているとも考えられ・・・ないから、撤去されたのだと思う。

本をどうしようか・・・。
読書家ではないが、寒くなると今よりさらに出歩くことはしないから、おうち大好き人間としては、読書は退屈しのぎの一つになる。
読書は諦めるか・・・なんてことはしない。
購入するお金はないから、図書館で借りるということに徹する。

買えない、買わない、借りたい。
ということで、県立図書館に電話した。
「県外から引っ越してきて、今住んでいるところの図書館に、読みたい本がないのだけれどどうしたらいいでしょうか?」と。
県立図書館の本を読むにはどうしたらいいかと。
一度出向いて、県立図書館のカードを作り、予約すれば市の図書館に届くという。
返却も市の図書館でいいのだそうだ。
前に住んでいたところも、ない本は近隣の市や県立図書館から借りてくれたけれど、ここでもそういう方法ができるのかもしれないが、県立図書館に一度行ってみたいと思っていた。
時間ができたら行ってみよう。
車で2時間か3時間か。


引きこもりの私の場合は、秋の夜長と、これから来るただ寒い冬の日々は、退屈しのぎに映画と読書とただぼんやり猫たちと日向ぼっこをしている時間が、必要になってくる。




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| ひとりごと | 22:56 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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ミニマリストを目指してはいないけれど。

ゴミ処分場にミニ食器棚を持ち込んできた。
いらない食器類も処分して、せいせいした。

食器を投げ込むときに、大きな土鍋が見えた。
食器やガラス類は同じ場所に捨てるのだけれど、処理が追い付かないのか満杯である。
あのくらいの土鍋だと何人用なんだろうかと思うほど大きかった。
家族が多かった家のものだろうか。
形はきれいに残っていて、そばに蓋もあった。
かつては必要とされていたものが、ただのゴミになっている。

ここのゴミの処理場は結構面白いのだ。
前に住んでいたところは、処分するものによって処理場所が分かれていて、移動するだけで大変だったし、分別も細かかった。
例えば食器棚みたいな木製は、粉砕機に投げ込むから、あっという間に粉々になる。
人口が違うから当たり前だが、ゴミの処理場は立派だった。

ここの市は、ゴミは全て同じ場所で処分できるが一応預かるという形。
だからいいろいろな大型ゴミも並べられている。
いかにも古いしボロボロだというものもあるが、見た感じ新しくて大きくておしゃれな椅子とか、ソファとかもある。
なんだかそれらのものを見ていると、なんともいえない複雑な感情がわいてくる。
その持ち主からは大切に使われた時もあっただろうが、不用になって処分待ちをしている品々。



物を捨てるときは、私の場合は自分の心に聞かなければならない。
耐乏生活ゆえ二度と買えないということを肝に銘じて、それを納得して捨てるという方法をとっている。
捨てると決めたら行動は早いけど。


私はミニマリストを目指しているわけではないが、本当に自分にとって必要なものは、少ないのかもしれない。
その私の必要なものも、私が死ねばゴミになる。
ゴミはなるべく残さず死んでいけたらと思うけれど。





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| ひとりごと | 22:04 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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