時を束ねて リボンをかけて

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仏壇を購入した。


やっと仏壇を購入した。

仏壇はもちろん前の家にあった。
その仏壇は私が簡単に解体して処分した。
タンス式の仏壇で、仏壇の部分だけでも1メートルの大きさだった。
魂は入れてもらっていない。


姉が亡くなった時は、婚家の会社経営が破綻してたたんだ後、、姉夫婦が子供を連れて婚家を出た3か月後だった。
姉は心臓弁膜症で、19歳の時に余命10年と言われていたが、それでも38歳まで生きた。
そういう姉の事情もわかっていたはずの結婚だったが、そういうそぶりを見せずにいたから、舅も姑もそれを意識したことはなかったと思う。
亡くなったときに、母は義兄に葬儀代を渡し、新しく居を構えた場所で葬儀をするように言った。
でも義兄は実家で葬儀をあげることを選んだ。
ところが、もう、遺体は運び込まれているのに、舅も姑も、家を出た以上、葬式はあげさせないと言い出した。
姑は義兄の実の母ではない。
舅の愛人だった人だ。
実の母親を追い出し、その時の愛人が後釜にすわり、その愛人を追い出してまた愛人が居座るという、3番目の母親ということになる。
しかも、その姑が舅と結婚したのが、姉たちが結婚した時より1ヶ月遅い。
それでも姑には変わりなく、堂々としていた。
葬式をあげさせないと言われて、今度は私の兄弟が怒りだした。
義兄は板挟みになり、それでも舅姑に頭を下げて、やっと婚家で葬儀を行った。
義兄は優しい人だったから、そういう女癖の悪い父親でも頭が上がらなかった。
義兄を見ていると、いつも思った。
優しさと弱さは紙一重だと・・・。
今のように葬祭場があちこちにあるという時代ではなかったから、時代が違えば、私の両親も心を痛めることはなかったのにと思う。


そういうことがあって、姉の婚家に、金輪際お線香をあげに行きたくないと言って、母は仏壇と姉の位牌を自分用に用意した。
位牌も仏壇も魂はいれてもらっていないし、最低限の仏具しかなかったが、あの時の母には必要だったのだろう。


入魂していない仏壇は、粗大ごみに出せると、なんの番組だか忘れたがTVで観て知っていたので、引っ越しを機会にこの仏壇の処分を決めた。


父が亡くなって、ご本尊を用意したのは私で、それには魂を入れてもらっている。
私が大事なのは仏壇ではなく、ご本尊と位牌なので仏壇はなくてもいいかなと思っていたが、どうもかっこうがつかない。
今回、ネットで仏壇を捜した。
シンプルで小さいものを。
だが、ご本尊の大きさが31センチもある。
このご本尊にあう仏壇がなかなかみつからなかった。
中の段が取り外せるものもたくさんあったが、それでも、この31センチのご本尊は収まらない。
ネットで見て、その仏具店に電話をし、わけを話していろいろ仏壇を紹介してもらうということを2店舗ほどした。
ご本尊は納まっても、今度は幅が狭くて仏具が収まらないということもあり、メジャーを持ちながら、高さ、幅などを計りながらどうしたらうまく収まるかということを何日も繰り返し考えていた。
18号の大きさだが、ごてごてした飾りはなく、中の段を外せば、ご本尊を収めても余裕の高さがあるものをようやく見つけることができた。
価格はただの箱だと思うと高いが、仏壇だと考えると破格に安かった。

在庫がなかったのか、届くまで日数がかかった。
母の3段の和ダンスの一番上の段は処分してあったから、そこに小さな仏壇を置こうと思っていた。
仏壇が届いて何とか収まったときはうれしかった。
仏壇を処分したり、新しくしたり、私の両親は心の広い人だから、あんたの好きなようにしなさいと天国で言っているだろう。


私自身はは無宗教だし、供養というのはその人その人のやり方でいいと思っている。
形ではなく、心で思っているだけでも十分な供養だと思う。
父の時も母の時も葬儀の時は、100万近いお金を戒名代も含めてだが、お寺に支払った。
正直高いと思ったし、年2回毎年送られてくる私には意味の分からないお寺の行事の振込用紙を見るたびに、今の私には支払うのが苦しくて、お寺との付き合いをやめたいと思っているのだ。
参加する人だけに支払わせればいいものを。
それでも、新しい仏壇は、私をわくわくさせる。(笑)

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