時を束ねて リボンをかけて

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ボロを着ている。

今日は寒かった。
老いの坂を滑り落ちていると、この頃感じているので、フリースの割烹着を出した。
私はエプロンとか割烹着が好きで、何枚も持っている。
さらに、母のもので、毛糸で裏地が付いているベストも着た。
これが本当のボロ。
母が生きているときからボロボロだった。
田舎くさい柄だし毛玉だらけだし、伸びきっているし、前を合わせるボタンは全部とれている。
どうして母はこれを好んで着ているのだろうと思っていた。
母が亡くなって洋服や着物を処分していた時に、当然これはゴミになるはずだった。
ところが、何気なく試しに着てみると、手放せなくなった。
軽くてものすごく暖かい。
これ一枚着ているだけで、まったく体感温度が違うのだ。
母が持っていたもので、これだけは手放せないものになった。
なにしろボロボロだから、洗濯機でジャブジャブ洗うし、毛玉も取らず、そのまま着ている。
外には着ていけないが、家の中ではこれでいい。
家に突然お客さんが来て、私を見たら、なんとみすぼらしい!と思うかもしれない。
来ないけど。(笑)
仕事を辞めてから、おそらく二度と着ないと思ったのでスーツ類はかなり処分したが、着るものに限っていえば、着やすいものが一番いいということなのだ。
着やすいということは、肩がこらないということ。
働いていた時は、肩こりがひどくて、マッサージに通っていたが、今は肩こりを意識しなくなった。

母は天国で笑っているだろう。
「私の着ていたもので残したものは、結局それだったの?」と。



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