時を束ねて リボンをかけて

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ワイドショーは観ないけれど。

まさか、このブログで芸能ネタを書くとは思わなかった。

成宮寛貴のコカイン騒動。
私はフライデーも読んでないし、この件についてのワイドショーも見ていないから、ネット記事で知った。
成宮寛貴の引退についての本人自筆の文章もネット記事で知った。

人間、本当に人間不信になると、今の場所から逃げたいと思う気持ちは、私はわかる。
全てを捨てることも、やってのけられると思う。
あの文章は、そういう人間不信の絶望感が強く出ていて、痛々しいなと思った。

コカインのことはいずれ分かるだろうから、それについては書くことはない。

ゲイということに対しても言われているが、実際はどうなのかは知らないが、そういうことに対しての偏見は、私はまったく持っていない。
人間はいろいろな人がいるのだから。

私は20代は東京に住んでいた。
二十歳のころ、東京の一人暮らしをしている叔母の家に、遊びに行った。
叔母の家の近くに小さなバーがあって、そこに連れて行ってくれた。
そこはゲイバーだった。
大人になってバーというものに初めて足を踏み入れたのが、たぶんそこだと思う。
大人の階段の一歩。

カウンターだけの小さなお店で、ママ一人で営業しているお店でそのママがゲイだった。
化粧をして着物を着ていてが、きれいな人という印象はなかったが、物静かな人で、女性らしい人だった。
例えばグラスを差し出すときの手つき、あるいはレモンを切るときの手つき。
そういうものが、実は男なのにすごく女らしくて、その時は心底、こういう女らしい人になりたいと思ったものだ。
まあ・・現実は私はただのガサツな女になったが。(笑)

今でこそ、ゲイを売り物にしている芸能人はたくさんいるけれど、その当時は何十年も前だから、かなりの差別もあったと思う。
そういう話を叔母がよく行くお店だったから、私はおとなしく聞いていたのだ。
今のゲイバーのように、やたら明るいというものでなくて、普通のバーで、ただママがゲイだというだけなのだが。


同じく二十歳のころ、私はモデルの卵の友達がいた。
とてもきれいな友達で、彼女の結婚式にも出席しているが、その当時はよく二人でつるんでいた。
その彼女が、レズビアンのお姉さまに言い寄られていた。
お姉さまと書いたが、二十歳の私たちから見ればのお姉さまだけど、28歳ぐらいだったと思う。
今の年の私から見れば、28歳もお姉ちゃんであることがおかしいが、その当時はお姉さまだった。
なんていうのか、普通の恋愛と同じで、振り向いてもらうまで頑張る人だった。
女が女に恋しても、男が男に恋しても、恋が叶わなければいじらしさがでる。
でも、そのいじらしさに、その友達はなびくことはなかった。


時は過ぎて、母子家庭仲間の友達が恋をした時の話。
夢中になった人は同じバツイチ。
で、結論は、彼はゲイだった。
友達の落ち込みはすごかったけれど、理解して諦めた。
その話を聞いたときは、私は残念だったねと言ったけれど、彼女も好きになった人だから、そのことに対しての偏見はなかった。
勿論、ショックは大きかったが、受け入れてもらえなかったショックの方が大きかったかもしれない。


私はゲイでもバイでも、まったく特異な目で見ることがないのは、二十歳なんて今思えば本当に子供なんだけれど、その時から差別や偏見の気持ちがなく、自然に受け入れられていたからだ。



話を戻す。
コカインは犯罪。
けれど、ゲイは犯罪ではないということ。
別に特異な目で見るほどのことでもない。
まあ、引退したのだから、後は静かにそっとしておくのが一番いいと思う。



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