時を束ねて リボンをかけて

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長生きの秘訣は必要ないけれど。

昨日、銭湯みたいな温泉に行ってきた。

土曜日だから混むだろうと思い、昼時なら空いているだろうと12時ちょうどに家を出た。
4分で着く。
これが10分以上だったら、私は行かない。
この微妙な時間が、私を行く気にさせるのだ。

今まで5,6回行っているが、曜日も時間も決めているわけではなく、その時の気分で出かけているだが、必ず会うおばあさんがいる。
昨日もいた。
90は過ぎていると思う。
100歳近いかもしれない。
転んだら骨折するんじゃないかと思ってしまうほど、小さくてすごく痩せている。
お風呂に浸かっているというより、浴槽のふちの腰かけて、足だけいつも湯にいれている。

ついつい湯に浸かりながらそのおばあさんをちらちら見てしまう。
倒れないだろうかとか転ばないだろうかとか、ついつい・・・。
いざとなったら、たぶん素早く助け起こせるだろうと自分では思っているのだ。
だからといって、声はかけない。
私は声をかけられたら、もちろん返事は返すが、自分からアクションは起こさない。


私は声をかけないが、一人でポツンといるおばあさんを気にかける人はいるのだ。
常連さんもいるから、今までも誰かは、声をかけていた。

昨日もどこかの奥さんが、そのおばあさんに声をかけた。

「誰と来ているの~?」そのおばあさんの耳もとで大声を出しているから、聞く気がなくても聞こえる。
「ゴチョゴチョ」おばあさんの声は聞こえない。
「息子さんが送って来てくれるの~帰りは~?」・・・大声。
「ゴチョゴチョ」・・・聞こえない。
「そうなの~、夕方息子さんが迎えに来てくれるのね~。
  毎日きているの~?」・・・大声。
「ゴチョゴチョ」・・・聞こえない。
「それはいいわねえ~」・・・大声。

まあ、こんな感じで。(笑)


座敷の休憩所はないけれど、ドライヤー室の隣の10畳ほどの部屋に5,6個の椅子が置いてある。
足で押して噴水のように水が出るものも設置されている。
勿論自販機もある。
バスタオルを体に巻きながらそこで休んで、何度もお風呂に入る人もいる。


おばあさんもお風呂が好きなのだろうし、息子からしたら、ここは安全だと思うのかもしれない。
人の目はあるから何かあっても息子からしたら安心だと思う。

たまにならいいだろうが、これが自分で拒否できない日課になるとしたら、ちょっと辛いものが私ならある。
最後の質問の返事が聞こえなかったから、そのおばあさんがそうだと決めつけているのではない。

老後は長生きする秘訣が必要なのではなく、最後まで自分の意思で生きていける方法をみつけることが大事なのだと思う。

知人の99歳の母親のように、デイケアに行けと息子に言われても、人の多いところは嫌いだと自分の思いを貫く強さのようなものが。




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