時を束ねて リボンをかけて

2017年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年03月

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手作り。テッシュペーパーカバー。

中途半端な大きさの布地が余っていた。
肉球柄とか、ゼブラ柄とか。
何かに使えそうな気がして捨てないでおいた。
昨日、テッシュが無くなったので、箱をたたんでいるときに思いついた。
テッシュカバーを作ろうと。

最初はこのように、丸ごとテッシュの箱を包むカバーを作ったが、これがえらく時間がかかった。

テッシュ6

テッシュの箱を交換するときの出入り口に悩んだ。
結局、マジックテープにしたが、ここまで手の込んだものはいらない。
使い道のない微妙な大きさの布地を使い切るためだし、テッシュは風邪を引かない。
丸ごと包む必要はないのだと思った。


直接、布地にチャコで型に沿って線を入れていく。

テッシュ1 (2)


中表に合わせて小さい見返し布を当て周りを縫う。
たち目の処理は、面倒なのでピンキングバサミを使って切った。

テッシュ1



アイロンをかけながら、見返しの部分を押し込み、動かないように入り口から1センチくらいのところにステッチを入れた。

テッシュ2


裾は三つ折りをアイロンで形付けて、そのまま縫う。

テッシュ3



角はチャコで、印をつけたところを合わせて縫い、三角の部分を切り落とす。

テッシュ4




ひっくり返してテッシュの箱に被せて出来上がり。

テッシュ5




簡単にすぐできるので、集中して作ったのではなく、例えば掃除機をかけたら1枚。
お風呂を洗ってから1枚。というように、気分転換のようにいろいろな柄で合計7枚作った。


うちはあちこちにテッシュの箱を置いてある。
それは猫たちが毛玉を吐くためにゲボするからだ。
いつでもどこでもすぐにテッシュを使えるようにしてある。

そして、このカバーはテッシュの箱が同じ大きさだから使いまわせる。
私は同じお店で、セールの時に5箱178円(税抜き)の時に、買い込む。
178円が私が思うところの底値。(笑)

我が家はお客さんが来ない家なので、テッシュカバーは必要ないといえばないのだが、作ったら気に入った。
肉球の柄がやっぱり好き。(笑)




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| 針仕事 | 21:21 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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はじけるような笑いを、もっと暮らしに。

いつもの銭湯みたいな温泉に行ってきた。

洗い場が混んでいたが、運よくいつも使う一番端の場所をとることができた。
私の隣も空いて、そこに「ここよろしいですか?」と声をかけて女性が座った。
こういうところで断って座る人は初めてだ。

そして、シャワーを出すと「どうして、こんなに熱いのかしら・・」と言うので、ここで調節できますよと言うより前に、素早くかなり温度を下げてお湯を出していた。
「若い人は熱くてもいいでしょうけれど、年取ると熱いお湯はダメなのよね」と私に言った。
若い人って・・・私のこと?
スッピンと裸を見ると若くないと分かるはずだが。
まあ、この人よりは若いということね。

「若い人と私のように85歳になる人間とは、皮膚の厚さが違うのね。私は皮膚が薄くなっているから・・・」とニコニコして私に向って言うのである。
そこですかさず、私が言った。
「私が厚いのは、ツラの皮だけですよ」

ものすごく受けたようだ。
この程度のジョークで笑い転げてくれたから。
ツボにはまったというような笑い方だった。(笑)

面の皮が厚いなんて言葉の意味を、今の若い人は知っているのかしら?
知らないかもしれないから、これはある程度の年齢の人にしか通用しないかも。

笑わせようと思って言ったのではなく、つい口から出ただけなのだが、これだけ笑ってもらえるとは思わなかった。(*´∀`*)


そして、「私、85歳なのよ」と言う。
だから「85歳なんですかぁ。お若いですね~」と言った。
そうすると、「あなた~アハハ、若いだなんて~アハハ、お世辞を~アハハ、言って~アハハ」
というように、また笑い転げている。

まあ、裸なんだから見た目なんてたかが知れてる。(笑)
ただ、瞬時にジョークを解せる力が若い。
笑い転げる姿が若い。
そういう若さは、作ってはできない。

「85歳なんですかぁ。お若いですね~」のあとに「83歳くらいだと思いました!」なんて調子に乗って言わなくてよかった。
これはジョークだと通じなかっただろうから。(笑)


眉間にしわを寄せて暮らすよりも、できるだけ楽しいことを考えたり見つけたりして暮らす方が、いいに決まっている。
はじけるような笑いを、いくつになっても忘れてはいけないのだなと思った今日の出来事。



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| ひとりごと | 22:49 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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真実はどこにある。

昨年の9月の私のブログに彼女のことは書いてある。
一人で移住してきた、私と同じような近所の人。
付き合いきれず、私から避けた人だ。

おととしの9月に、癌で余命3ヶ月と宣告を受けたと言っていた人。

それでも最近まで元気で、ゴミ置き場などで会えば挨拶くらいは交わしていた。

その人の車が駐車場から無くなって、その人の家が無人になっているとわかったのは最近のことだ。
亡くなったのかな・・・と思った。
私から避けたから、そう考えるとちょっと心が痛んだ。

昨日の若い奥さんは、その彼女の家の隣の人。
だから、聞いてみた。
「お宅の隣の家の人・・・・・」と言ったら
「ああ、認知症のお婆ちゃんね。今施設に入ってますよ」と言う。
「ええっ!!!認知症????」
言葉にならなかった。
そこから聞いた話も衝撃的だった。

「認知症って‥そんなことはないんじゃない?」
「いや、認知症ですよ。言動がまともじゃない。
ひとの家の窓のところに立っていて、中を覗き込むし、それって私の家だけじゃないですよ」

確かに、私の庭に無断で入ってきたり、玄関ドアを開けると目の前にいたということは私も経験した。
だけど、話していて認知症だと疑ったことは、私は一度もない。

「夜中に、ワアワア騒いで、私の家の玄関ドアをバンバンたたくし、私の家が終わると向かいの家に行って同じことをして、そこが終わるとその隣の家に行って、ドアをバンバン叩いて騒ぐんですよ~」
これには驚いてしまった。
「警察よびたかったんですよ。私は妊娠中で、マジ怖かったんだから~」
そういうことが続いて、警察ではなく、妹さんに来てもらったのだそうだ。

私が避ける前に、すでにその人の近所の人たちに避けられていたとは。
というか、私だけが避けたと思っていたから、なおさら驚いた。

絶句。



私が引っ越してきて9か月。
赤ちゃんは10ヶ月。
私が引っ越してくる1ヶ月ほど前に赤ちゃんは産まれている。
更にその前の10ヶ月の妊娠期間中の出来事ということになる。
その妊娠期間中の中に余命3か月と宣告された一昨年の9月は入っているから、そういう現実に耐えられずにうつ状態で、周りに迷惑をかけるような行動を起こしたのだろうか・・・。
私は今でも彼女が認知症だとは思っていない。
ただ、痛ましいなあ・・・。
せっかく新天地を求めて引っ越してきたのに、こうやって周りに避けられてしまうのは。
私だってどうなるかわからないけれど。


私はその奥さんには、彼女と話したことがあるとは言わなかった。
だから、彼女の言動については一言も話していない。
知らない人の話を聞くふりをして、聞いていたのだ。


今日、我が家の右隣の別荘として利用している、ご夫婦が来ていた。
70代だと思う。
そのご主人に
「あそこのおばさんの車がこの頃ないけれど、どうしたの?」と聞かれた。
「施設に入っているそうですよ。荷物は家の中にそのままあるけれど、車だけ妹さんが持って行ったそうです。あの家のお隣の奥さんが言ってました」と私は言った。
「あぁ、赤ちゃんのいる奥さんね。施設に入ったなら、もう帰ってこれないかな。寂しくなるねえ・・・」

たまに挨拶を交わすくらいの人となら、上手につきあえた人なんだろうなあ・・・。


昨日の若い奥さんは、お婆ちゃんと言っていて、今日の別荘のご主人はおばさんと言っていたけれど、私が彼女から聞いた年齢は69歳だからね。
69歳と聞いたときは、あまりにも老けているので、病気で10歳も20歳も老けて見えるようになってしまったのだな・・・と、思ったのだけれど、何が真実なのか分からなくなってしまった。



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| ひとりごと | 22:59 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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「わぁ~お金持ち~」と言われた。(笑)

出かけていて帰ってきて家の中に入ろうとしたときに、「こんにちわ~」と声がかかった。
振り向くと、赤ちゃんを抱いた若いお母さん。
いやあ・・ご近所にこんな美人がいたのか!!と思うほどの美しい奥さん。
私もこんにちわと挨拶して、普通ならそこで終わるのだが、その奥さんが門のところまできた。
だから、何か月?と声をかけた。
「10ヶ月です」
「女の子?」
「女の子です。よくわかりましたね。青い服を着てるのに」と言われた。
確かに青い服を着ていたのだが、顔立ちがこれがまた目のクリッとしたどう見ても女の子にしか見えなかったのだ。
とてもかわいい赤ちゃんだ。
この顔立ちで男の子だったら、将来は女泣かせになってしまう。(笑)

赤ちゃんをこんなに近くで見たのは、何十年ぶりか思うほど、赤ちゃんには縁がない。
だから、私の顔を見て泣かれたらどうしようと思ったが、近づいても泣かれなかったので、ほっとした。
調子に乗って、手を触ってしまった。(笑)

うちの前の道路を歩いたのは初めてだと言っていた。
そこで世間話。
2年前に引越してきたということだった。
「この辺は、犬を連れたお年寄りがよく散歩しているでしょ。
私、その人たちの名前は覚えられなくても、犬の名前だけは完璧に覚えましたから」と言う。
なかなか面白い奥さんというか、若いから女の子という感じだ。
「お名前教えてください」と言われて、名乗りあった。
赤ちゃんの名前も可愛い。
キラキラネームでないところがいい。(笑)


私は若い子は好き。
話していて楽だから。

「いつ引越してきたのですか?」
と聞かれ、「昨年の5月」と答えると
「何人で住んでいうのですか?」と聞かれた。
「一人」と言うと「ああ~一人で住んでいるのですかぁ」と言った。

前に「一人暮らしは寂しいでしょ」と言ったどこかの奥さんは、そこから旦那さんは?子供さんは?子供さんはどこに住んでいるのまで…うんざりするくらい聞いてきたが、この若い奥さんは、「ああ~一人で住んでいるのですかぁ」と納得した後は次の質問に移っている。
わきまえているというか、あたりさわりない質問で、私の返事を重要視していない。
おばちゃんの方が無神経なのだ。

次の質問は「仕事は何をしているのですか?」だった。
だから「仕事はしてないのよ」と答えた。
すると「わぁ~お金持ち~」と言われた。
「えっ!なんで、お金持ちになるの~」とほぼタメのような会話。(笑)
「だって、仕事してなくて2階建てのお家に住んでいるもの」というのだ。
2階建てに住んでいる人ってお金持ちって感じがするというので、あははは~と大笑いしてしまった。
お金持ちどころか小金さえもないし、私はお金持ちなんかじゃないよと答えた。
生活保護以下の生活費だと言おうかと思ったが、そこまで親しくないのでやめた。(笑)

旦那さんの実家がすぐ近くだとか、今年いっぱいは家にいて、来年から子供を預けて働くというようなことを言っていたが、これは私が質問したわけではなく、自主的に話してくれたこと。
私が知りたかったことは、私がずっと心に引っかかっていたことで、そのことは聞いた。
それは長くなるので明日に続く。

けっこう長い時間話したが、その話している間、私は赤ちゃんの手を握ったり、ほっぺをつついたりした。
赤ちゃんって、こんな性格の悪い私でも、なんだかほっこりさせる不思議な力があると、初めて気がついたような気がする。




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| ひとりごと | 21:53 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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母のシャクナゲと牡丹。

前の家を解体するときに、少しは庭にある植物を持ってきたいと思った。
植え替えたいと。
私が植えたものはなかったが、亡くなった両親が植えたものを。
母が大事にしていたものを。
だから、解体日が決まってから、わざわざ前の家にスコップをもっていって、掘り起こそうとした。
しかし、長年の月日は株を大きくさせ、スコップでは掘り起こせなかった。
諦めるしかなかった。
この家と共に、一緒に死にたいんだねといって、それらにお別れをしたのだ。

だが、それでもシャクナゲ数本と、牡丹の木の根のかけらだけは、実は持ってきていて、庭に植えておいた。
根付かせようと肥料与えたり、土を新しくしたりとかはせず、あの時は引越してきて慌ただしく過ごしていたから、取りあえずそのまま日当たりがありそうなところに植えておいただけだ。
今日、庭で何気なく見ると、「芽」らしきものが出ている。
「えぇ!!芽なの?」
シャクナゲは根付かなかったものの方が多くかったが、2本の間と少し離れたところに芽が出ている。
これはシャクナゲの芽なのだろうか?

SN3U0066.jpg



そして、牡丹。
もうどこから見ても枯れた枝だが、芽が出ている。

SN3U0059_201702192320026a8.jpg



根付いたのか?
このまま育たず枯れるのか?
私は、花を育てるという趣味がないから、よく分からない。
このまま枯れても、それはそれでしょうがない。
母は毎年、牡丹の花が何個咲いたと数えていて、母が亡くなった後も牡丹の花は10個以上咲いていた。
根付いてくれたら、このまま育ち何年か後にでも花が咲いたら嬉しいけれど、過剰な期待はしない。
期待をして、もしダメだったらショックが大きい。
何事も通じるが、過剰な期待は禁物なのだ。



ただ、庭に出てこれらを見る楽しみはできた。
枯れても、枯れたままこの場所はそのままにして置くつもりだ。

枯れたら、心から母に謝ろう。
ごめんね。
母さんが好きだったものを残せなくて。
たとえ誰にも理解されなくても、我がままで自分の生き方を貫き通そうとする、親不孝な娘で・・・。




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| ひとりごと | 23:22 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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たかがゴミだが頭を使う。

昨日、市のゴミの処理場に直接搬入してきた。

燃えるごみは、近くの集積所に運んでいるが、瓶とかカンとかのゴミ類がイマイチ理解できないのだ。
何しろ、町内会には入ってないが、(入れてもらえない)ゴミの集積所は小屋が立てられていて、それは町内会の人たちがお金を出し合って建てたので、善意で捨てることの了解をいただいている。
だから、間違ったゴミの出し方をしたくない。
花や雑草は枯れなければ燃えるゴミに出せないとは聞いていたから、仏壇に飾った花でも庭で枯らしている。
結構、気を使う。
カンや瓶の出し方が間違っていると、収集しないと立札に書いてあるし、それが続くと収集車そのものが来なくなると書いてある。
リサイクル業者の方が立場は強いのだ。
私のせいでそうなるのは避けたい。
一度瓶やカンの収集日に、どういう分け方をするのか見に行ったことがあるが、カンはいいが瓶が色別に細かく分かれていた。
でも、例えばジャムなどの瓶の蓋は、どういう分け方になるのか分からない。
瓶はきれいに洗うと書いてあるが、キッチンカウンターを作ったときのオィルステインの瓶は、塗料だからきれいに洗いきれない。

どうしようかなあ・・・と、思って出さずにいたが、昨日全て捨てに行ったのだ。

市の処理場に行って、分け方がよく理解できてないと理由を言って、係の人の教えてもらいながら捨てた。
さすが処理場は分かれている。
瓶も細かく分かれていて、蓋も捨てる場所がある。
近くの集積所で迷いながら捨てるのなら、ここまできて捨てる方が、安心だと思った。

それに何しろゴミ袋の値段が高い。
前にに住んでいたところは30ℓのゴミ袋が50枚で200円くらいだったが、ここは10枚で130円。
その値段の高さに最初は仰天した。
ゴミ袋の値段が高いから、意識が変わってきた。
今まで面倒でしてなかったが、牛乳パックや食品トレイは、スーパーに行くときに、スーパーのリサイクル捨て場に捨てるようにしている。


ゴミだけは全国統一されているわけではないから、引越したらそこの行政に従うしかないのだが、結構ここは面倒だ。


ところで使わない50センチ角ほどのべニア板を捨てようと思って聞いたら、係の人にこれは捨てられないと言われた。
これは建築資材だから、捨てられないと。
どうしたらいいのですか?と聞いたら、使い切るようにと言われた。
えぇ・・・!!!(笑)
使わないから捨てるのに、使い切れと言われるとは思わなかった。
ノコギリでできるだけ細かく切って、分からないように燃えるゴミに出すしかない。
なかなか、頭を使わせてくれる。(笑)



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| ひとりごと | 23:11 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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いつまで続けられるか・・マイペース。

暖かい日が続いている。

今日は定期の病院。
現在の通院している病院は、朝ネットで予約して予約番号を発行してもらい、病院にいなくてもネットで現在の呼出し番号を確認できるシステムになっている。
だいたい自分の予約番号の5番くらい前で家を出て病院に着けば、5分も待たずに診察される。
病院は私の家の近くにここだけしかない。
車で5,6分。
田舎なのに、大病院でもないのに、そういうところはすごく便利なシステムだ。


だけど、ネットが使えればの話。
これからの年寄は、ネットが使えることが必要になるとは、PCを初めたころから思っていたことだが、誰もが時代の波に乗れるわけでではない。
私の前の番号の人は、2時間待っていた。
その人の前の番号の人はネット予約の人だ。
二人は知り合いのようで、2時間待っていた人がその人に、「カチャカチャ動かせる人はいいわねえ」ネット予約ができる人を羨ましがっていた。

私は、PCがあるからこのシステムを利用できるが、なんともいえない不公平感も感じて、聞いていて申し訳ないような気分になってしまった。

受付番号で呼び出されたときにその場にいなければ、1時間待たされると案内が貼られている。
周りは畑ばかりで、近くに喫茶店やファミレスがあるわけでもない病院だから、結局は車の中で待つか待合室で待つか・・ということになる。

田舎暮らしも、時代の波が押し寄せているけれど、取り残されていく人もいる。
私自身は取り残されていっても不安はない。
私にとって何が必要で何が必要でないか、自分で判断できる能力はこれからどのくらいまで持てるのか・・と時々思ったりする。
流行や他人の意見に左右されない、マイペースな生き方を、どこまでこれからも続けて行けるのか・・・楽しみでもあるけれど。


私のように、まったく知らない町に一人で移住した人のブログは探せばブログ村でも見つけることができる。
私が移住する前から読んでいて、密かに励まされていた人の、「ここまですることだったのだろうか」という内容の文章を先日読んだときは、ちょっと心がざわついた。
踏ん張って頑張ってもらいたいなと思った。
なぜなら、私はまだ移住して1年にもならないけれど、その人は4年過ぎている。
コメントを残したこともないし、私の存在も知らないだろうが、私はこの人のブログのファンだから。
私よりも多い猫を飼っている。
私のように苦労して連れてきた猫がいる!!
自分の心に正直に行動に移した自分を、自分で褒めてほしいと思っている。





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| ひとりごと | 21:34 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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久しぶりの力仕事。

やっと、ミシンを仕舞うことができる。
引越してきた時に、前の家で使っていたカーテンを持ってきてかけていたのだが、長さが180センチのものばかりで、窓枠に合わず、それでも見ないふりをしていた。
カーテンはいざ買うとなると値段が高いので手が出ない。
使い古しでも、そのうち長さや幅をかええばいいと思っていた。
窓枠に合わせて長さを切って縫って、フサが無くなったものも多いので作り直したりと、面倒だったが昨日やっと終わった。

今日は、あまりにも天気がいいので、庭の物干しの土台を、土の中に埋めることにした。
先日の突然の突風で、2回も物干し台が倒れたのだ。
ブロックで抑えているくらいではとても心もとないということが分かって、何とかしなければと思っていた。

昨日も今日も天気がよくて、家の前で家庭菜園をしているおじさんもスコップを動かしていたので、土が柔らくなっているのだということが分かった。

物干し台をバラして土台を動かすと、なんと!芽が出ている。
このコンクリートの土台の下にいて芽が出ているのだ。

SN3U0050.jpg


引越してきた時に、狭い庭だから土は全てスコップでかき混ぜて、球根類は取り除いて別の場所にまとめて植えたのに、まだ残っていたとは。
このコンクリートの土台の下で生きようとしていた。
なんだか感心してしまった。
この生命力に。

スコップで穴を掘って、土台を埋め込んだ。

SN3U0055.jpg

高さが合わず、やり直したり面倒だったが、埋め込むと動かない。
これで動いたら、木の枠を作って、ホームコンで固めるしかない。
老体に鞭打ってこの重い土台を動かしているのだから、何度もやりたくないが、まあ、これで様子を見る。

SN3U0057.jpg


球根は掘り起こすと、こんなにまだ埋まっていた。

SN3U0060.jpg


チューリップだろうか?
いきなり明るいところに出てきて、びっくりしたと思う。
一人暮らしの男手がない身だから、私が頑張るしかないけれど、運動不足の私の体もびっくりしないといいけれど。
明日、腰が痛かったらどうしよう。(;´・ω・)




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| ひとりごと | 22:20 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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「毎日、何をしているの?」と聞かれて。

今日友達から、電話が来た。
昔からの友達で、年に1度会うか会わないかの友達だが、3月か4月に遊びに来る約束になっていて、その打ち合わせをしたり、お互いの猫の話をしたりしたのだけど、「毎日、何をしているの?」と聞かれた。
う・・・ん、毎日が日曜日になった私がどう過ごしているのか、暇を持て余しているのだろうと考えているのかもしれない。
彼女は勤めている会社の契約が5月で終了となり、再契約はしないと告げられたので、ハローワークで現在職探しをしていると言っていた。
もう、働かないの?とも言われた。
毎日、私なりに忙しくしているのだけれど、理解してもらうにはちょっと無理かなと説明は諦めた。

彼女は高給取りだったから、趣味もお金がかかる。
声楽を習っていて、前は1年に1回、友人や知人を招待して、コンサートを行っていた。
それを10年間続け、それから、何年かに1度のわりにその習っている声楽の成果を披露するということを続けている。
そのコンサートにかかる費用は、もちろん招待者は無料だから、プロのゲストを呼んだり、演奏者を頼んだりするので1回に50万以上の持ち出しになる。
声楽の先生に払う月謝もバカにならない額だと思う。

年をとって趣味を持てとは、よく言われる言葉だが、その趣味にお金がかかれば、それは経済的になかなか大変だ。
彼女も夫がいるわけではないのだから。
趣味が生き甲斐というのは悪いことではないが、その生き甲斐のためにお金に苦労するのも悪いことではないと思うが、私には無理だ。
そもそも、私もかなり趣味は多い方だが、まずお金がかからないものばかりだし、それだから続くということもある。
逆に趣味がなくても死にはしない。(笑)
年を取ったら、ボケないように趣味を!!なんてよく言われるが、それが脅し文句に聞こえるようなら、趣味は必要ないと私は思っている。
ぼ~としていることが趣味、あるいは言葉を替えて、瞑想していることが趣味でもいい思う。
私は猫たちをただ見ているだけでも、面白いと思うし、そうやって時間が過ぎて行くことも大事な私の趣味といえば趣味だ。
要するに、面白いか面白くないか、私が大事なのはそこだから。
他人から見たら取るに足らないことでも、私が面白いと思うことは面白いのだ。


「毎日何をしているの?」と聞かれて、家に遊びに来たときに、私が何をして過ごしているのか分かると思うよと言った。
私が何を面白いと思っているのか、彼女は知らないから、家に来てもらう方がいい。
自慢の工具類をひとつひとつ説明するのだ。(笑)



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| ひとりごと | 22:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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タマゴを買いに。

朝、起きたら雪が降っていた。
積もり始めている。
慌てた。
雪は降らない地域だし、万が一降っても雪の日は出かけないと思っていたので、物置がないから置き場所にも困ると思い、スタッドレスタイヤは引っ越しの時に処分している。
今日、買物に行くつもりだったのだが、雪だと行けないし、下手すれば2,3日道路が凍って出かけられないおそれがある。

出かけなければいいのだが、タマゴが1個もない。
まだ本格的に積もる前に、顔も洗わずパジャマの下だけ着替えて、上はコートで隠し長靴を履いて近くのコンビニまで、玉子を買いに行ってきた。
まあ・・・慌てなくても10時ころには雪はやんで雨に変わったのだけれど。(;'∀')


3,11の時に、電気は大丈夫だったが、ガスと水道が止まった。
ガスは諦めて、水道は水道局や給水車が来る場所まで行って汲めるものすべてを持って運んだ。
何度も何度も。
スーパーは閉店したままだったが、それでも電気が通っていたので、冷凍庫の中が満杯だったし、電気鍋やカセットコンロで調理はできて食いつなぐことはできた。
そういう日々の中で、とても食べたかったものが玉子かけごはんだった。
それ以来、冷蔵庫に玉子がないと、他に必要なものがなくても買い物に行く。
毎日食べるものではなくても、必ず冷蔵庫になくてはならないものになった。


人は、珍しいものや高級なものは食さなくても、案外素朴な食べ物が、どうしても食べたい時がある。

私の母が亡くなる前に食べたいと言ったものは「とろろご飯」だった。
胃がんの末期で、胃の出口が癌でふさがれていたので、口から物を入れても吐き出すだけになって、点滴だけで3ヵ月命をつないだ。
その母が亡くなる前に「とろろご飯が食べていわ」と言ったのだ。
今は時々食べるが、母が亡くなってからの何年間は、私はとろろご飯が食べられなかった。
あの食べられなかった時期は、とろろご飯がとてもぜいたくな食べ物のような気がして、母に申し訳ないような気がしていたからだ。


話をもどすと、雪の中慌てて買ってきた玉子だが、今日はカレーを作った。(笑)



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| ひとりごと | 22:19 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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