時を束ねて リボンをかけて

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母のシャクナゲと牡丹。

前の家を解体するときに、少しは庭にある植物を持ってきたいと思った。
植え替えたいと。
私が植えたものはなかったが、亡くなった両親が植えたものを。
母が大事にしていたものを。
だから、解体日が決まってから、わざわざ前の家にスコップをもっていって、掘り起こそうとした。
しかし、長年の月日は株を大きくさせ、スコップでは掘り起こせなかった。
諦めるしかなかった。
この家と共に、一緒に死にたいんだねといって、それらにお別れをしたのだ。

だが、それでもシャクナゲ数本と、牡丹の木の根のかけらだけは、実は持ってきていて、庭に植えておいた。
根付かせようと肥料与えたり、土を新しくしたりとかはせず、あの時は引越してきて慌ただしく過ごしていたから、取りあえずそのまま日当たりがありそうなところに植えておいただけだ。
今日、庭で何気なく見ると、「芽」らしきものが出ている。
「えぇ!!芽なの?」
シャクナゲは根付かなかったものの方が多くかったが、2本の間と少し離れたところに芽が出ている。
これはシャクナゲの芽なのだろうか?

SN3U0066.jpg



そして、牡丹。
もうどこから見ても枯れた枝だが、芽が出ている。

SN3U0059_201702192320026a8.jpg



根付いたのか?
このまま育たず枯れるのか?
私は、花を育てるという趣味がないから、よく分からない。
このまま枯れても、それはそれでしょうがない。
母は毎年、牡丹の花が何個咲いたと数えていて、母が亡くなった後も牡丹の花は10個以上咲いていた。
根付いてくれたら、このまま育ち何年か後にでも花が咲いたら嬉しいけれど、過剰な期待はしない。
期待をして、もしダメだったらショックが大きい。
何事も通じるが、過剰な期待は禁物なのだ。



ただ、庭に出てこれらを見る楽しみはできた。
枯れても、枯れたままこの場所はそのままにして置くつもりだ。

枯れたら、心から母に謝ろう。
ごめんね。
母さんが好きだったものを残せなくて。
たとえ誰にも理解されなくても、我がままで自分の生き方を貫き通そうとする、親不孝な娘で・・・。




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