時を束ねて リボンをかけて

2017年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年06月

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90年前の写真。

100歳になった母親を持つ知人から、母親(F江さん)の10歳頃の写真が出てきたということでPCに送ってきた。

DSC_0032.jpg

なんと、90年前の写真ということになる。
それだけで、貴重だねえと言った。
F江さんは雪深い東北の田舎町で生まれたが、1歳のころ、母親が両親から呼び戻されて母と子で現在の市に戻った。

F江さんは、私生児である。
「私生児だなんて言葉、今は使わないよね。非嫡出子って、今は言うからね。時代を感じる言葉だねえ。」と私は言った。
写真に一緒に写っている男性は養父で、実父ではないがなかなか素敵な男性である。
F江さんも可愛い女の子である。


その養父の両親も一緒に暮らしていたが、一人っ子だったから、F江さんを養父もその両親もとにかく可愛がってくれたそうだ。
この写真はわざわざカメラ屋さんを呼んで、家の近くの河原で撮ったそうだ。

「この時のオフクロ、靴はいているんだよ」と言うから、「90年前ならどうも下駄のイメージだけれどねえ。裕福だったんだね。洋服着て靴を履いて、写真屋さんを呼んで~なんてさあ」と私は言った。
「バックまで持って、お嬢様育ちみたいだよね。うちの一番上の姉さんは、10歳のころは下駄履いてたような記憶があるんだけどなあ。その母親は靴を履いて育っている」(笑)
養父は51歳で亡くなったそうだ。

F江さんが、自分が私生児だと知ったのは自分の結婚する時の戸籍を取り寄せた時だったそうだ。
それまで養父を実父と思っていた。


今100歳のF江さんも、10歳の時があったという写真。
生まれはどうであれ、また結婚して働けない夫をもって苦労したけれど、幸せな子供時代の写真である。
おそらくF江さんの母親も幸せな時代だったのではなかろうか。


知人と話していて、知らない言葉を覚えた。

「ばくろうって知っている?」と聞かれたから、知らないと答えた。
馬の仲介業者のことで、F江さんの養父だかその親だか忘れたが、その職業。
後でネットで調べて「馬喰」と書くことを知った。

「しゃくもちって知っている?」と聞かれたから、知らないと答えた。
突然、お腹に激痛がでる、F江さんの旦那さんの持病。
やはりネット調べると「癪持ち」と書く。

石切り場はF江さんの働いていた仕事。
採石場のことで、山肌をダイナマイトで吹き飛ばしてそこから出た大きな石を運んでいた。

この年になっても知らない言葉の多いことに、自分で驚いている。(笑)



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| ひとりごと | 22:18 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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1年が過ぎた。

昨年の今日、5月28日に私は5匹の猫を連れて、この地に引越してきた。
あれから1年が過ぎた。
あっという間の1年だった。
まあ、年を取ると1年は早く過ぎるというけれど、この1年の間、愛猫を1匹亡くしたことが最大の悲しみで、あとは平々凡々な日々を過ごしてきた。
引越す前のほうが、何年も本当に苦しくて精神的にも追い込まれていた。
だから、この1年の穏やかな日々は、あの苦しさがあったからこそ手に入れたものだと思っている。
人も物もそれこそ家も断捨離して起こした決断は、これからどんな新たな苦しみが襲うかもしれないが、それは自分が選んだ道の先にあるものだから、受けとめるしかないと思っている。

1年前の引っ越し当時の様子は、よく覚えている。
とにかく、猫たちをゲージに入れることだけに集中して、1匹も逃げられないようにと本当に緊張していた。
無事3個のケージに入れて車に積んで、引っ越し業者に後を頼んで先に前の家を出発したときは、感傷にふける暇などなかった。
それがよかったのだ。
こちらに着いてからも、毎日猫の心配ばかりしていたから、余計なことを考えることなど何もなかった。
不思議だが、今現在、前の家を思い出すこともなく、縁を切った友人、知人たちを思い出すこともない。
むしろストレスの元を断つということが、どれだけ大事なことかを思い知らされた。

人間生きていくうえで、必要なものはそれほど多くはない。
これから私が悩む代表としてのお金は別にして(笑)
少ないけど足りる物に囲まれて、少ないけれど自慢の友がいて、4匹になったしまったけれど私を愛する猫たちがいる。
これだけで十分なのだ。



これからのことはわからない。
だが、今、この心境に私がいるということは、こういう生き方を後悔はしないだろう。




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| ひとりごと | 21:39 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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私流の嫌味。

隣家の工事が終ったと思ったのは、私の思い込みだった。
単なる土日に来なかったというだけで、なんのなんの月曜から再開。
月曜日は我慢した。
しかし、昨日はさすがの私も耐えられず、昼食後すぐ出かけた。
とは言っても、この田舎町に娯楽施設はないし、一人カラオケでもしたくてもカラオケする場所がない。
遊び施設がないということは、まあ、貧乏人にはありがたいのだが。

で、どこに出かけたかというと、ホームセンター巡り。
ホームセンターって本当に退屈しない。
はしごして隣の市のホームセンターまで足を延ばした。
植木や苗、猫砂やフード類の最低価格調査と、ちょっと作りたいものができたので板やベニヤ類を見て回り、歩いて歩いて・・・。
ホームセンターは、私の憩いの場所。
散々見て回って買ったものは接着剤ひとつだけ。(笑)

私の気にいっているマグカップの取っ手が割れてしまったので、それを張り合わせたかった。
これは引っ越しの片づけをしているときに、偶然見つけたもので、100均なのだろうか?
記憶がないが、新品のままだった。
昔、猫を飼い始めてころ猫グッツに凝ってずいぶん集めたけれど、その中の一つなのかもしれない。
接着剤もいろいろな種類と用途と値段があって、私にしては決めるのに時間がかかった。
セメダ〇ンの「スーパーXハイパー」というものにした。
屋外にも使えるというので。

持ち手が二つあってそのうちの一つが割れた。
SN3U0050_2017052414560416d.jpg

接着剤。
SN3U0052_20170524145605c85.jpg

完全接着まで24時間。
SN3U0053.jpg


夕方帰ってきたら、職人さんたちは帰った後で、なんと!私の家側だけ、足場にシートがかけられていた。
薄いシートだけれど私の家の中は見えないようになっている。
そもそも、隣と私の家とは4メートルくらいしかない。
その4メートルの間に庭があるのだ。
だから近い。
私流の嫌味ったらしさで、このくそ暑いのに隣家に向かっている窓にカーテン引いているから、やっと私の気持ちがわかってもらえたのか?(笑)
私は最初の一日だけは愛想がよかったけれど、その後変貌して、性格の悪さを前面に出して顔を合せてもニコリともしない。

猫たちはおびえるが、音はしょうがない。
だけど、足場のすぐそばに物干し台があるから、土足でドタドタ足場を往復したら洗濯物の上にホコリが落ちてくる。
天気がいいのに洗濯物は干せないし、こっちは我慢しているのだというアピールは大事だ。
初めからこういう配慮をしてくれればよかったのに。



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| ひとりごと | 15:11 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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自分の常識が他人の常識とは限らない。その逆もまた同じ。

隣家の足場は外れてないが、工事は終わったみたいだ。
やれやれである。
2階の私の部屋と隣の猫部屋は隣家に向かって窓がある。
隣家に窓がないから安心していたが、足場を組まれると職人さんたちからこちらは丸見えになる。
レースのカーテンだけでは安心できないので、工事中は隣家側の窓は念のため遮光カーテンを引いていた。


職人が足場の上から私の家の庭に何かを落としてしまい、取ってきてと言っていた。
一人だけ年配の女性がいたのだ。
その女性は職人ではなく、手伝い、あるいは助手だと思う。
その女性に向かって、「かのじょ~」あるいは「おねえさ~ん」と呼びかけていて、なんだこのオヤジ連中はと思った。
苗字で呼べばいいだろうよ。
飲み屋じゃないんだからさあ。
私なら、名前で呼んでください!とキッパリ言うけれどなあ・・・と思った。

その人が、私の家の庭に無断で入ることをためらっている。
これは当たり前でしょ。
そして、その会話でその女性が発音から日本人ではないと、気が付いた。
中国人?
いくら隣でも無断で人の家の庭に入ることをためらうほうが、このオヤジ連中よりもはるかにまっとうな感覚だ。
そして、こっそり覗くとその女性は、庭の草花を踏まないようにと慎重に、その職人たちのいうことを聞いていた。
出て行って踏んでも構わないよと言おうかと思ったが、聞き耳を立てていると思われるのも嫌だから、好きなようにさせた。
別に聞き耳を立てなくても、声が大きいから聞こえる。

そして、職人たちが帰った後、夕方郵便ポストを見ると、メモが入っていた。
「すいません
おとなりの〇〇さん家の工事で庭入らせていただきます。」


次の日、やっと会社の担当者と思われる若い男性と、私が出かけるときに外で出くわした。
「すみません。ご迷惑をおかけして。メモが入っていたと思うのですが、庭に入らせてもらって・・・」
相手の言葉を遮り、「メモは読みました」とだけ言った。
今までの私だったら、
「あなたが責任者なら工事が始まる前に、きちんとそういう断りの挨拶に来るべきですよ。」くらいのことは平気で言えたんだけれど、あの女性に免じて言葉を飲み込んだ。
私もアホな男連中と仕事をしてきたから、あの女性の苦労はわかるような気がする。




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| ひとりごと | 23:07 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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雨にうたれて。

隣家の工事はまだ終わってないので、庭に入られず、私には珍しくプラプラと散歩に出かけた。
クローバーの群生している場所では、昔の私は四つ葉を見つけることが得意だったと思い出し、夢中で探したが見つからず。
本当にプラプラ。
先日買った花図鑑を持ってこないことを後悔するくらい、あちこちに名前の知らない花が咲いていた。

このところ肌寒くて籠っていたから、たまに散歩に出るのもいいものだと思った。
天気もまあまあだし、寒くはなかったし。
ところが、だんだん雲行きが怪しくなって、ポツポツと雨が降り出した。
ポツポツの時間が長かったので、そのうち止むだろうと思っていたが、いきなりの土砂降り。
慌てて走った。
30mくらい。(笑)
で、すぐにやめた。
走るなんてことを、長いことしていない。
急に走り出すほうが危ない。
転ぶかもしれないととっさに思ったのだ。

周りに雨宿りする場所はないし、こうなったら、じたばたしてもしょうがない。
いさぎよく雨に濡れよう!と思ったのだ。
これほどの土砂降りの雨に打たれるなんてことも、長い間経験してなかった。
そう思ったら、嬉しくなった。
ゆっくり歩き、雨に打たれ、上から下までビショビショになりながら家に帰った.。
雨に打たれていた時間は20分くらいだと思うが、実は面白かった。
笑い出したいくらいに。
子供のころは傘を持ってなくて、こんな経験何度もしていたはずなのに、いやあ・・本当に久しぶりの感覚。
私はよくよく単純なのだと再認識した。
ついてない、雨に打たれて・・久しぶりの散歩なのに…なんて発想にならないから、たぶん今、私は何とか生きていけている。



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| ひとりごと | 21:48 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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一人遊びは無心で。

このところ、天気も悪く少し肌寒い日が続いている。
それでも、今日は少し晴れたので、洗濯をして庭の雑草を抜こうと思っていた。
ところが隣家で、どこを直すのかわからないが工事の人達が来て、足場を組み立て始めた。
それから、一日中ガーガー、キーキーうるさい。
庭に面しているから、庭に出られず。
朝、一応「おはようございます」と工事の人たちに声をかけて、すぐ家に引っ込んだ。
「奥さん、申し訳ありません。迷惑かけて」と言われたから、「迷惑はかかっていませんよ。」とにっこり笑って心とは裏腹の返事を返した。(笑)

今日は鍋を磨いた。
ステンレスのケトルが、色が変わって薄い茶色になってきたのが気になっていた。
高価なものではない。
ごくごく普通のやかん。
ネットで調べると重曹を張り付けておくとか、重曹を入れた熱湯に浸しておくとか、昨日からそれはしていたがやはり色が残っている。
こうなると、とことんやってやろうじゃないの~という気持ちになる。
で、ネットで調べて「ピカール」という金属磨き剤があることを知ったので、ホームセンターで買ってきた。
「ピカール」って有名みたいだ。
店員さんに「ピカールありますか?」って聞いたら、ありますよとあっさり言って案内してくれたから。


布に着けてひたすら軽いタッチで無心で磨く。
この無心で・・・ということが私には大事なのだ。
一人遊びだもの。
やっと色が取れてきた。
磨いている右手ではなく、押さえている左手がつった。

ステンレスの鍋もあったので、それも磨いた。
鍋の蓋の取っての部分。
ここに油なのか微妙にこびりついている。

なべ2

気になると気になる。
爪楊枝で削る。



で、やかんと鍋ひとつ出来上がり。

SN3U0050_20170516234755a4f.jpg

右側の鍋は未完成。
今日はできなかった。
明日じゃなく、また、気が向いたらやろう。
考えてみたら、鍋は二つとも普段使わないもの。(笑)



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| ひとりごと | 23:40 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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人ではなく、花と出会いたい。

好奇心も探求心も向学心も持ち合わせてない私だが、Amazonで「散歩の花図鑑」という本を買った。
中古本で送料入れて1134円。
小さな本で、レビューもよかったので購入してみた。
何よりも本のタイトルがいい。
「散歩の・・・」だなんて。
散歩が嫌いな私なのに、嫌味すぎて気に入った。(笑)

知っている花もあるが、知らない花のほうがはるかに多い。
雑草も載っていて、もとは雑草ではなかったのに・・・というウンチクが結構面白い。
近所の庭や空き地に咲いている花が「ハナビシソウ」というのも、この本を見て知った。

この本に載っている花の種類が507種。
花だけだから、木になるとまったくわからない。
とはいえ、ネットで画像を送ると名前を教えてくれるサイトもある。

忙しくてバタバタ暮らしていたときは、こういう本を買うなんてことを考えたこともなかった。
一番私の遠くにある種類の本だと思ったけれど、説明文が簡潔で買ってよかった。
私のような全くの花のド素人向きの本だと思う。

どのくらい、この本の中の花に出会えるのだろうか?
これからの残りの人生で。

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| ひとりごと | 22:08 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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私は暇なんだね。

私は映画を観るのが好きだ。
映画館のないこの田舎町だけれど、今はほんと便利。
GYAO!プレミアムを解約して、dtvにしたのは、3月の初め。
どちらも1か月500円だけれど、dtvのほうが作品数が多い。
4月の末にdTVからメールが届いた。
86作品見たあなたに今オススメ・・・というような案内メールが届いた。
たった2か月で80を超えるということは、そんなに見ていたの~と自分でも驚いた。
暇なんだね。(笑)
テレビを見ないので、映画になるのだけれど、まあ、一度視聴してみてああこれは前に見たことがあると思い途中でやめたというものも含めれば、簡単にそんな数になるのかもしれない。
もちろん古い映画で懐かしくて再び見たというもの多いけれど。
安上りだ。
貧乏人にはうれしい限り。

そして、レンタルビデオ店もこの町にはないから、宅配レンタルDVDも契約している。
そこで最近、お年寄りが主役の映画を続けてレンタルした。

「ミス・シェパードをお手本に」と「92歳のパリジェンヌ」
どちらも実話である。


「ミス・シェパードをお手本に」はイギリス映画で、主役は有名なマギー・スミス。
高級住宅街にワゴン車で寝泊まりしているホームレスが、路駐ができないということで、その街で暮らす作家が好意で自宅の前の駐車場に車を置くことを許可してしまう。
それほど長い期間のつもりはなかったのだが、この老女に振り回されながらも、14年間に及び最期はそのオンボロの車の中である。
頑固でプライドが高くかわいげのないおばあさんなのだが、どちらかというとコメディ仕立てではあるが、女優の演技力にも助けられて、私の中では心に残る映画になった。

公式サイトはこちら

「92歳のパリジェンヌ」はフランス映画。
92歳の誕生日に子供や孫の前で、2か月後に逝くことを宣言する。
老いてできないことを、メモに書き出していき、そういうことが増えていくたびに、絶望していく。
自分の人生は自分のもので、自分の最期は自分で決めるという固い決心の持ち主。
それをやり抜く。
だが、尊厳死を扱っているのに、私にはまったく感情移入のできない映画だった。


私も何歳まで生きるのかわからないが、私の母が寝たきりになった時に言っていた。
「私をよく見ておきなさいよ。あんたもこうなるのだから」と。
そういう母を意地が悪いなと思いながら、身をもって私に示し心構えを持つようにと、私に出された宿題なんだろうと思っている。
この主人公とは対極のところにいる。
母は老いを恐れながらも受け入れたから。
母は末期のがんだったから、延命処置は私が断った。
この映画の主人公のその信念の強さはさすがだと思いながらも、老いはあっても昔の恋人にも会いに行けて、経済的にも問題がなくて、うらやましい老後じゃないのと思うのは、母の最期を思い出したからかもしれない。

公式サイトはこちら。

余談だが、私が尊厳死について深く考えさせられた映画に「海を飛ぶ夢」という作品がある。
これも実話である。
10年以上も前の作品だが、秀作である。
ウキペディアで内容を読んでもらえればと思う。




老人が主人公の映画が続き、もう1本やはり老人が主人公の映画をレンタルしてみた。
これは実話ではなくサスペンス。
「手紙は憶えている」
面白かった。私好み。
公式サイトはこちら。



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| ひとりごと | 00:48 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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植物図鑑がほしい。

引越して来たとき庭の木々は処分して、2トントラックに山積みになった。
すでにもう積めないという状態だったので、家の周りを囲んでいる低木は少し残り、家の裏にも植えられていたものあって、それらも残った。
しかし、それらの名前はほとんど知らない。


さつきとツツジの違いは分からないが、これはツツジだと思う。

ツツジ


去年は咲いた後に引越しているから、去年は咲くのは見ていない。
前の住人は赤と白のつつじをこんな近くで隣り合わせて植えたのか・・・なんでも植えりゃいいってもんじゃないだろうに~と思ったのだ。
しかし、どうも同じ木のような気がして、根っこを少し掘り起こしてみた。
やはり根は同じで二手に分かれて、赤と白に咲いている。
ふ・・・・む。
不気味だ!と思った。(笑)
が、すぐに赤と白だから、これはめでたいってことじゃないの?と思い直した。
私はこういう考えの切り替えは早い。
ネットで調べると、珍しくはないようだ。

私はとにかく花の名前を知らない。
もちろん木の名前も知らない。
まったくもって、無知の部類に入る。

これはオオデマリ。

オオデマリ



家の裏に咲いている。
最初に見たときは、変わった品種のアジサイだと思った。(笑)
なぜ、オオデマリという名前を知ったかというと、ホームセンターに植木が売っていたからだ。
物覚えが悪いから、心の中で何度も復唱して忘れないように頭に叩き込んだ。


植物図鑑が欲しい。
少なくとも、庭に咲いている低木の名前くらいは、知らねばと思う。
この季節、ちょっと歩くとあちこちに花が咲いている。
すぐに調べられる小さな植物図鑑が欲しいなあ。

誰でもわかる花の名前さえ私は知らない。
先日、友達が泊りに来たけれど、朝、散歩をしてた時にクローバーがたくさんあるところを歩いた。
小さいときに冠をつくったよねぇという話になった。
クローバーの花の名前がシロツメクサというのだと友達が教えてくれた。
私、それすら知らなかった。(;'∀')
その時、しみじみ私には植物図鑑が必要だと思ったのだ。



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| ひとりごと | 23:02 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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祝!100歳。

「96歳の女性に魅了されて‥」という知人の母親のことを本館のブログで取り上げたのは、もちろん彼女が96歳の時。
その後を97,98,99歳、と書かせてもらったが、彼女は5月3日元気に100歳の誕生日を迎えた。
私の古くからのブログ友達には、この女性の素晴らしさは十分伝わっているので、今日も他人のことなのに、自慢して書く。(笑)

4日に画像が送られてきたあと、その知人と電話で話した。
「可愛く撮れているじゃないの~」と言ったら、「可愛いんだよ~」と、母親自慢の息子は言った。(笑)
親族12人ほどが自宅に集まってお祝いをしたそうだ。


県、市、社協などからお祝い品と賞状などを持参して、新聞記者を連れて市長が自宅に出向くと、市の職員から連絡があったそうだ。
一応それらの贈呈のセレモニーを行うのだそうだ。
市からその打ち合わせの連絡の時に、彼は「せっかくのGWに、休み返上でわざわざ来て、そんなことをしなくていいから、ゆっくり休んでください」と言って断ったそうだ。
そういうセレモニーは、施設に入居している場合はよく行われるらしいが、母親も知人もそこまでのことをしてもらうことは望んでいない。
セレモニーはやめることにして、市長の訪問も断り、8日に市の職員がそれぞれの記念品を持参してくれることになった。
市長と一緒に写真に納まってインタビューを受けて新聞に掲載されるなんてことを、この母と息子は望んでいない。

人は十人十色。
他人に注目されたい、目立ちたいという願望がある人は星の数ほどいるけれど、そういうことを面倒だと思う人もいる。
断ったと聞いて、妙に納得した。
いかにも彼女と息子らしい。
私が彼女を尊敬しているのは、ゆるぎない生き方があるからだ。
それは頭でっかちの人間ではなく、今までの経験に基づいて導き出された、自分の生き方である。
体が弱くて働けなかった夫に代わって、肉体労働で子供4人を育ててきた人である。
82歳で夫を亡くし、96歳で転んで息子の家で暮らすようになるまで、たった一人で14年間山の中で暮らしてきた人である。
デイケアは嫌いだと言って、どんなにかかりつけの医者が勧めても拒否する人である。
この年になっても、自分の考えを持っていて、その考えを支える息子がいる。


彼女が着ている着物は50年前に仕立てて一度も袖を通していないもので、彼女自ら着つけて着たそうだ。
赤いちゃんちゃんこと帽子はどうしたの?と聞いたら、親戚のおじさんで104歳まで生きた人がいて、その人のものを借りたと言っていた。
「どんだけ、長寿の家系なのよ」と思わず言った。(笑)


その誕生日の夜、お客さんが帰った後、息子と二人きりになった母親は「100歳、100歳と言われても、たいしたことないなあ・・」と言ったそうだ。
「まあ、前の日の続きだからね、100歳も。ただの通過点と言えばそうだわね。」と私は言った。


初公開。
知人の了解を得たので、その時の写真を。

めでたい!





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| ひとりごと | 22:24 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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