時を束ねて リボンをかけて

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やっと静寂が戻った。

やっと昨日、隣家の工事が終わった。

今日は朝から誰も来てなくて、材料の上に被せられていたブルーシートもなく、いつもの無人の隣家に戻った。
出来上がり具合を見に、今日ご夫婦が来るのかな?と思ったが来なかったようだ。

やっと通常の静けさを取り戻した。
小鳥のさえずる声が聞こえて、鳥たちもうるさいと思いながら過ごしていたのだろうなと思った。

ところで昨日の夕方4時半ごろ、「ガッチャーン」と大きな音がした。
ああ・・ぶつけたなとすぐに分かった。
まさか我が家ではないだろうなと思ったから、家から飛び出すようなことはしなかったが、2階からそっとのぞいた。
案の定、隣家の門扉から、2トントラックが半分飛び出ていて、隣家の庭に留めていたトラックが出て曲がるときに横っ腹をぶつけたという感じだ。
職人はみんな帰った後だったのか、最後の3人だけだった。

運転席から若い男の子が降りてきた。
この子が唯一、隣に来ている職人たちの中できちんと挨拶をする子だ。
ついでに言うと、イケメン。(笑)
他の職人は年寄りばかりで、顔を合わせても挨拶もしない。



さて、どうするのか?
こういう場合は会社に連絡するだろうが、誰も連絡している様子はない。
あの音の大きさから考えてもスチールの門扉に傷がつかないはずはないのだが?と思ったのだが、大丈夫だったのかな?と不思議な気がした。
そのうち、門扉を叩く音がして、私は見るのをやめた。
叩いて直る程度なんだろうと思ったからだ。


今朝、ふと思い出して見に行った。

縦に等間隔で細いスチールの棒がある門扉のフェンスの部分の2本が、白くこすれて曲がっている。
これ以上叩いて曲がった部分をまっすぐにしようとすれば、おそらくポキンと折れるだろうと思うような傷のつき方だ。

このことは施主に報告するのだろうか?
たぶんしないだろう。
逆隣の90代の夫婦の家のこともある。
だからと言って、もちろん私がわざわざ言うなんてこともしない。



もし報告しないのであれば、残念だと思うことは、きちんと挨拶のできる感じのいい若者が、それでいいと思ってしまうことだ。
そんなことは知らんぷりしてもいいと思ってしまうこと。
そういう流れを覚えてしまうこと。
そうやって年を重ねてしまうこと。
残念だと思う。







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