時を束ねて リボンをかけて

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今、一人で暮していて思うこと。

先日、市からのアンケートに答えて、そのお礼のはがきが来ていた。
別に強制はではない。

いつもなら無視していたと思うが、〇をつけていくことが多かっただけの簡単なアンケートだったので答えた。
趣味は?とか生きがいは?とかの質問は書き込むものだったが、生きがいは?と聞かれて、簡単に答えを書けるものなのだろうかと疑問に思った。
あなたの生きがいはと聞かれて、そんな質問を考えた人に、あんたはどうよと反対に聞きたいくらいだ。
それでも私は「猫」と書いたけれど。(笑)

市の施設の利用状況も、あることじたい知らないので、答えようがなかったから、利用してないに〇
これはおいおい知っていくようにしよう。
でも、たぶん利用しないと思う。
興味がないから。


日々の生活の中で必要だと思うことというような質問もあって、世間でよく言われているようなありきたりのことが書かれていて、途中で面倒になって全てに〇をつけてやろうかと思ったが、その一番下に、その他(   )があった。
だからその他に〇をつけ(     )の中に
(死ぬときは死ぬのだという覚悟)と書いた。


スーパーには早々とお盆の飾りつけのための品がおかれていた。
そういうものを目にする時期が来ると、いつも亡くなった人を思い出す。
お葬式の時のことや、逝かれて泣きつかれていた自分を。
お彼岸でもなく、命日でもなく、なぜかこの時期が精神的に私にとって結構つらいのだ。
自分でも不思議だが。
私は両親も兄弟も亡くしているが、弟はまだ40代の半ばで、奇跡は起きなかった弟の棺の前で泣きながら、人は死ぬのだとしみじみ思ったものだ。


いま一人で暮していれば、ましてこれからもっと年老いていけば、人は死ぬときは死ぬのだという覚悟は必要だろうと私は思っている。





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