時を束ねて リボンをかけて

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あるドキュメンタリー番組を観て。

引きこもりをしているからといって、テレビばかり観ているわけではないが、録画しているものが溜まってしまった。
ドキュメンタリー番組が好きなのだが、昨年の9月25日の真夜中3時半からの[ザ・ドキュメンタリー]という番組を録画していた。

その時のタイトルが
「俺たちの釜ヶ崎」~貧困街が教えてくれた幸せの選び方~

釜ヶ崎という街の名前は聞いたことがあるが、どうしてこの番組を録画しようと思ったのか覚えていない。
それを今頃になって観た。

貧困街に暮らしていた58歳の男性が、そこから抜け出して生活保護を受けることになった。
その人を軸にしているドキュメンタリー。

全くそれがわからないくらいの軽い知的障害があって、障害年金が6万5000円。
生活保護が7万3000円くらい。
合計約14万のうち、家賃を払って残りが10万くらい。
一人暮らしで、どうしてこれで暮らせないのか・・。
まず、支給されてすぐにパチンコで6万使い、撮影しているテレビ局の人間にお金を貸してほしいという始末。
お金が早々とまったく無くなって、役所に泣きつく。
大阪市にはフードバンクというものがあって、賞味期限近く流通しにくくなった食品などを、生活困窮者に無償提供している。
それをもらってきていた。
フードバンクというものは、初めて知ったが、これはなかなかいい制度だ。

画面が変わってやはりお金がない。
理由は今度はパチンコではなくて、ガールズバーで7万使ってしまう。
お金が支給されて、時間はある。
だけどその時間の使いかたがわからないと訴える。


画面は変わって次はデモ。
大阪からマイクロバスで東京の日比谷公園のデモに参加するというもの。
食事付き。
デモというもののカラクリがよくわかる。
主義もなく主張もなく、ただ言われた通りのシュプレヒコールを繰り返す。
そのデモに参加していた他の生活保護受給者が、一度生活保護をもらってしまうと抜け出せないと言っていた。

その一方で、日雇い労働者などへの就労支援事業で、釜ヶ崎周辺の道路の清掃が主な仕事で、その仕事に従事しているホームレスもいる。
たとえ段ボールハウスであっても、生活保護は受けたくないという男性も紹介している。
その支援事業の責任者の言葉。
「生活保護に頼らず、地道に頑張って生きていこうという人たちがこの街にはたくさんいる」と。
だから、そういう人たちは、みな明るい。

この番組の最後は、この58歳の男性が再び働こうとしているところで終わっている。
私が見た限りでは、無理のような気がしたが。



生活保護制度。
最低限の生活を保障し、自立を助ける。

人によってはその自立の助けにならない制度でもある。
それが、税金で賄われているとわかっていても他人事のようにしか思えない人もいる。

そして、私も含めて生活保護以下の生活費で生活している人はゴマンといる。






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