もうひとつの値引き品の話。

これも値引き品。

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これを見つけた時は驚いた。
めったに見つけることはできないと思っていたから、まさか!!という気持ち。


両親は北海道の人間で転勤族だった。
私も北海道で生まれている。
北海道には、両親の兄弟や親戚がいたから、私が家を出るまでよく道産のものが送られてきていた。
鮭やタラコや筋子やカズノコ、そしてこのかんかい。
子供のころはかんかいとか氷下魚(コマイ)とかの呼び方は知らなかった。
母はいつもタラといっていたから、タラと呼ぶのだと思っていたのだ。
送られてきていたものは、開いてあるものではなく1匹もので、カチカチに硬くて、母が金づちで叩いていた。
今思い出しても、なつかしい。
かんかいとか氷下魚とかいうのだと知ったのは、実は最近でそれまで正式名称を知らなかった。
珍味である。


弟が末期のがんになって、私は毎月1度は上京して横浜の病院に見舞いに行っていた。
兄も行くというので、待ち合わせて私の息子もつれて一緒に行ったことがある。
その帰り、3人でアメ横をブラブラしていた時に、乾物屋さんに入った。
そこでかんかいを見つけた。
兄に「これ昔、母さんが金づちで叩いていた魚じゃないの?」と聞いたのだが、兄はそんなことがあったなあ・・と懐かしそうに言ったが、これは違うという。
これだよ似ているものと私は言ったのだが、兄は違うと言う。
その時は、兄も私もかんかいという言葉も氷下魚という言葉も知らなくて、それが何だったのかわからないままなのだが、結局買わなかった。

その時の兄は1部上場企業の会社をリストラされて無職だった。
そのせいで夫婦仲も最悪だった。
都内近郊に住んでいた。
しかし、マンションのローンも終わっていて、娘たちも大学を終えていて、一人は嫁に行き一人はまだだったが、田舎には温泉付きの土地も持っていて、無職になったからといってそれほど妻に気を使うものなのだろうかと、私は思っていたのだ。
兄は自分の家に帰るのが嫌で、私の息子に泊まるようにと何度も言って、結局息子は泊めてもらうことにして、私だけ電車で帰ってきたのだ。
一泊して帰ってきた息子が「二度と行かない」と言った。
夕飯のおかずは用意してないからと、総菜屋でトンカツ2枚買っていった。
義姉は息子の分はチンして温めてくれたが、兄の分は無視。
そして、リビングには義姉と娘がでんと構えてテレビを見ていて、兄の部屋には小さなテレビがあるだけで、家に入ったときの雰囲気が最悪だったと息子が言った。
兄のことをおじさんがかわいそうだと。


この値引き品のかんかいを見つけた時に、ワゴンの前で、あの時の状況がフラッシュバックして眩暈がしそうだった。
兄が倒れた時には、弟も母も亡くなっていたが、植物人間のようになった兄を息子が引き取りたいと私に言った。
離婚寸前だったが、離婚しているわけではないからうちで引き取るわけにはいかないとなだめた。
しかし、その後もろもろあって、やはり義姉は優しくはなかったから、引き取らなかったことを後悔したりしたのだ。

あの時アメ横で見つけた干物を、昔、母さんが金づちで叩いてくれたものだから、食べてみると分かるよと言って買ってやればよかったと、それもまた私の後悔になっている。



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[ 2018/03/24 23:56 ] ひとりごと | TB(-) | CM(-)
プロフィール

sofianohaha

Author:sofianohaha



5匹の猫たちを連れて、まったく知り合いもいない、私を知る人もいない小さな田舎町に引っ越しをしました。
質素にひっそりと暮らしている、ぼっち生活を綴ります。


我が家の猫たちの日常。

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