時を束ねて リボンをかけて

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私は暇なんだね。

私は映画を観るのが好きだ。
映画館のないこの田舎町だけれど、今はほんと便利。
GYAO!プレミアムを解約して、dtvにしたのは、3月の初め。
どちらも1か月500円だけれど、dtvのほうが作品数が多い。
4月の末にdTVからメールが届いた。
86作品見たあなたに今オススメ・・・というような案内メールが届いた。
たった2か月で80を超えるということは、そんなに見ていたの~と自分でも驚いた。
暇なんだね。(笑)
テレビを見ないので、映画になるのだけれど、まあ、一度視聴してみてああこれは前に見たことがあると思い途中でやめたというものも含めれば、簡単にそんな数になるのかもしれない。
もちろん古い映画で懐かしくて再び見たというもの多いけれど。
安上りだ。
貧乏人にはうれしい限り。

そして、レンタルビデオ店もこの町にはないから、宅配レンタルDVDも契約している。
そこで最近、お年寄りが主役の映画を続けてレンタルした。

「ミス・シェパードをお手本に」と「92歳のパリジェンヌ」
どちらも実話である。


「ミス・シェパードをお手本に」はイギリス映画で、主役は有名なマギー・スミス。
高級住宅街にワゴン車で寝泊まりしているホームレスが、路駐ができないということで、その街で暮らす作家が好意で自宅の前の駐車場に車を置くことを許可してしまう。
それほど長い期間のつもりはなかったのだが、この老女に振り回されながらも、14年間に及び最期はそのオンボロの車の中である。
頑固でプライドが高くかわいげのないおばあさんなのだが、どちらかというとコメディ仕立てではあるが、女優の演技力にも助けられて、私の中では心に残る映画になった。

公式サイトはこちら

「92歳のパリジェンヌ」はフランス映画。
92歳の誕生日に子供や孫の前で、2か月後に逝くことを宣言する。
老いてできないことを、メモに書き出していき、そういうことが増えていくたびに、絶望していく。
自分の人生は自分のもので、自分の最期は自分で決めるという固い決心の持ち主。
それをやり抜く。
だが、尊厳死を扱っているのに、私にはまったく感情移入のできない映画だった。


私も何歳まで生きるのかわからないが、私の母が寝たきりになった時に言っていた。
「私をよく見ておきなさいよ。あんたもこうなるのだから」と。
そういう母を意地が悪いなと思いながら、身をもって私に示し心構えを持つようにと、私に出された宿題なんだろうと思っている。
この主人公とは対極のところにいる。
母は老いを恐れながらも受け入れたから。
母は末期のがんだったから、延命処置は私が断った。
この映画の主人公のその信念の強さはさすがだと思いながらも、老いはあっても昔の恋人にも会いに行けて、経済的にも問題がなくて、うらやましい老後じゃないのと思うのは、母の最期を思い出したからかもしれない。

公式サイトはこちら。

余談だが、私が尊厳死について深く考えさせられた映画に「海を飛ぶ夢」という作品がある。
これも実話である。
10年以上も前の作品だが、秀作である。
ウキペディアで内容を読んでもらえればと思う。




老人が主人公の映画が続き、もう1本やはり老人が主人公の映画をレンタルしてみた。
これは実話ではなくサスペンス。
「手紙は憶えている」
面白かった。私好み。
公式サイトはこちら。



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| ひとりごと | 00:48 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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植物図鑑がほしい。

引越して来たとき庭の木々は処分して、2トントラックに山積みになった。
すでにもう積めないという状態だったので、家の周りを囲んでいる低木は少し残り、家の裏にも植えられていたものあって、それらも残った。
しかし、それらの名前はほとんど知らない。


さつきとツツジの違いは分からないが、これはツツジだと思う。

ツツジ


去年は咲いた後に引越しているから、去年は咲くのは見ていない。
前の住人は赤と白のつつじをこんな近くで隣り合わせて植えたのか・・・なんでも植えりゃいいってもんじゃないだろうに~と思ったのだ。
しかし、どうも同じ木のような気がして、根っこを少し掘り起こしてみた。
やはり根は同じで二手に分かれて、赤と白に咲いている。
ふ・・・・む。
不気味だ!と思った。(笑)
が、すぐに赤と白だから、これはめでたいってことじゃないの?と思い直した。
私はこういう考えの切り替えは早い。
ネットで調べると、珍しくはないようだ。

私はとにかく花の名前を知らない。
もちろん木の名前も知らない。
まったくもって、無知の部類に入る。

これはオオデマリ。

オオデマリ



家の裏に咲いている。
最初に見たときは、変わった品種のアジサイだと思った。(笑)
なぜ、オオデマリという名前を知ったかというと、ホームセンターに植木が売っていたからだ。
物覚えが悪いから、心の中で何度も復唱して忘れないように頭に叩き込んだ。


植物図鑑が欲しい。
少なくとも、庭に咲いている低木の名前くらいは、知らねばと思う。
この季節、ちょっと歩くとあちこちに花が咲いている。
すぐに調べられる小さな植物図鑑が欲しいなあ。

誰でもわかる花の名前さえ私は知らない。
先日、友達が泊りに来たけれど、朝、散歩をしてた時にクローバーがたくさんあるところを歩いた。
小さいときに冠をつくったよねぇという話になった。
クローバーの花の名前がシロツメクサというのだと友達が教えてくれた。
私、それすら知らなかった。(;'∀')
その時、しみじみ私には植物図鑑が必要だと思ったのだ。



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| ひとりごと | 23:02 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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祝!100歳。

「96歳の女性に魅了されて‥」という知人の母親のことを本館のブログで取り上げたのは、もちろん彼女が96歳の時。
その後を97,98,99歳、と書かせてもらったが、彼女は5月3日元気に100歳の誕生日を迎えた。
私の古くからのブログ友達には、この女性の素晴らしさは十分伝わっているので、今日も他人のことなのに、自慢して書く。(笑)

4日に画像が送られてきたあと、その知人と電話で話した。
「可愛く撮れているじゃないの~」と言ったら、「可愛いんだよ~」と、母親自慢の息子は言った。(笑)
親族12人ほどが自宅に集まってお祝いをしたそうだ。


県、市、社協などからお祝い品と賞状などを持参して、新聞記者を連れて市長が自宅に出向くと、市の職員から連絡があったそうだ。
一応それらの贈呈のセレモニーを行うのだそうだ。
市からその打ち合わせの連絡の時に、彼は「せっかくのGWに、休み返上でわざわざ来て、そんなことをしなくていいから、ゆっくり休んでください」と言って断ったそうだ。
そういうセレモニーは、施設に入居している場合はよく行われるらしいが、母親も知人もそこまでのことをしてもらうことは望んでいない。
セレモニーはやめることにして、市長の訪問も断り、8日に市の職員がそれぞれの記念品を持参してくれることになった。
市長と一緒に写真に納まってインタビューを受けて新聞に掲載されるなんてことを、この母と息子は望んでいない。

人は十人十色。
他人に注目されたい、目立ちたいという願望がある人は星の数ほどいるけれど、そういうことを面倒だと思う人もいる。
断ったと聞いて、妙に納得した。
いかにも彼女と息子らしい。
私が彼女を尊敬しているのは、ゆるぎない生き方があるからだ。
それは頭でっかちの人間ではなく、今までの経験に基づいて導き出された、自分の生き方である。
体が弱くて働けなかった夫に代わって、肉体労働で子供4人を育ててきた人である。
82歳で夫を亡くし、96歳で転んで息子の家で暮らすようになるまで、たった一人で14年間山の中で暮らしてきた人である。
デイケアは嫌いだと言って、どんなにかかりつけの医者が勧めても拒否する人である。
この年になっても、自分の考えを持っていて、その考えを支える息子がいる。


彼女が着ている着物は50年前に仕立てて一度も袖を通していないもので、彼女自ら着つけて着たそうだ。
赤いちゃんちゃんこと帽子はどうしたの?と聞いたら、親戚のおじさんで104歳まで生きた人がいて、その人のものを借りたと言っていた。
「どんだけ、長寿の家系なのよ」と思わず言った。(笑)


その誕生日の夜、お客さんが帰った後、息子と二人きりになった母親は「100歳、100歳と言われても、たいしたことないなあ・・」と言ったそうだ。
「まあ、前の日の続きだからね、100歳も。ただの通過点と言えばそうだわね。」と私は言った。


初公開。
知人の了解を得たので、その時の写真を。

めでたい!





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| ひとりごと | 22:24 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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旧友との再会

車で来るのは自信がないというので、4時間かけて電車を乗り継いで、昨日友達が遊びに来た。
前に住んでいたところの友達ではなく、他市に住んでいる古い友達。

引っ越しを機に、これから付き合う必要性を自分自身で感じない人とは、引越しすることすら知らせず縁を切った。
そうして友人の数を減らしたが、彼女はこれからもずっと付き合っていきたい大切な友達だ。
友達は数ではないし、付き合っていてストレスになったり、何気なく傷ついたり、一緒にいることが苦痛に感じる人は、もうそれだけで友達ではない。

どうしてこのGWの、どこもかしこも混んでいるときを選んで泊りに来るのよと私は言ったけれど、忙しい人だからこの時しか時間がなかったなんて言っていた。
彼女が来て、実は私はお金を一銭も使っていない。
何時間も電車に乗らせていることが申し訳なくて、もよりの駅ではなく、できるだけ早く電車を降ろしたいと思ったので、少し離れた駅を待ち合わせの場所にした。
1年半ぶりの再会。
その駅の近くにファミレスがあったので、そこで遅い昼食を食べたが、彼女がおごってくれた。

その後家に来てもらった。
たった一泊の予定なのに荷物の多さ。
スーツケースを開けると、私用に缶ビール6本。
そして夜の飲む分を4本。
冷蔵庫に入れて冷やした。
ご丁寧におつまみまで、そのかばんから取り出した。
さきイカやおかきやクッキー。(笑)
ビールなんてこっちでも買えるのにと言ったら、わざわざ持ってくるところがいいのよと言われた。


それから夕飯はどうする?ということになって、私は天ぷらを揚げる予定でいたが、スーパーで何か買ってこようということになり、二人でスーパーに出かけた。
刺身にするかお寿司にするかで迷ったが、お寿司にした。
そしてみそ汁はあさりということで買い物はそれだけ。
それも、彼女が泊まり代ということで、お金を渡された。
私が出すと言っても、今回は私にお金を出させないと決めていたようだった。
私はそれに甘えた。
耐乏生活をしているし、見栄をはらなきゃならない付き合いはしないと決めているから、そういう彼女の好意に甘えることができる。


早めにお風呂に入って、二人で宴会。
私が用意したものは冷凍の枝豆と手作りのきんぴらごぼうを冷凍にしていたものをチンしただけ。


彼女はクリスチャンだから、食事の前にお祈りしていい?と私に断ってから、私のために祈ってくれる。
これはお互いの家を訪問して食事のときの恒例だから、私も彼女の言葉に素直に耳を傾ける。
こういう機会がもてたことの感謝と、私や私の猫たちの健康とこれからの人生を守ってくれるようにイエス様にお祈りしてくれた。
私は無宗教だけれど、その言葉を聞くたびに、いつも私は胸がいっぱいになる。


飲んで食べて、しまいには寝転んで、ガハハハッと笑いあって、おしゃべりをし続けて時間は過ぎていった。
彼女は娘が8か月の時に離婚して、私は息子が3歳の時に離婚していて、お互い孤軍奮闘して子育てをしてきた。
お互いの頑張りを認めながら励ましながら、頻繁に会えるわけではないけれど、子育てが終わって年をとっても友情が続いてきた。


観光する場所などないこの田舎町だけれど、今朝は二人で散歩をしながら海を見に行ってきた。
お互い無言で海を見て、貝を拾った。


午前中の電車で彼女は帰った。
昨日は改札口で待っていたけれど、また4時間かけて帰るのかと思うと申し訳なくて、今日はホームで見送りした。
また会おうねえ~と言ってお互い手を振り、なんだかわからない「頑張ろうねえ」という言葉で別れたのだ。



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| ひとりごと | 20:30 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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「八十八夜」

今日は八十八夜なんだそうだ。

「八十八夜」と言えば、すぐ頭に浮かぶのが、N・S・P

いつだったかN・S・PのベストアルバムCDを何気なく懐かしいなと思いAmazonで購入した。
届いてすぐに、ヴォーカルの天野さんの訃報をニュースで知って、しばらくそのアルバムを開封できなかった。

引っ越して、前の住んでいた場所と、今の場所を何度も車で往復するのに、聴く曲がなくてやっと開封したのだ。
その中に「八十八夜」が収録されている。

この曲は、結婚が決まって元カレから電話がかかってくる。
携帯なんてない時代の話。(笑)
本当はこの人と人生を歩みたかったのだ。
だけど、私は現在結婚が決まって、幸せになるのだろうという、歌詞である。

この曲のように、結婚が決まってから元の恋人から電話がかかってきたという、友人が三人もいる。
今は付き合いがないが、昔の若いときの友人。
この曲を聴くと、それぞれのあの時の彼女たちが言っていた言葉を思い出す。
そのうちの二人は相手に対してのただの懐かしさと、そのころの自分のいじらしさと、お互い独身だったのに結婚には至らなかったから過去は過去と割り切れていた。
元カレより結婚相手のほうがよかったせいか、つまり余裕で元カレに対応できた。(笑)

私は若いとき母子家庭になってから、母子家庭の子供たちを支えるボランティア活動をしていた。
残りの一人がその時の仲間で、年下の農家の一人息子と付き合っていて、相手のご両親の大反対にあって結婚はできなかった。
その後、幼馴染と再会して、相手が独身だったのでプロポーズされて結婚が決まった。
子供もなついて、子供が前の彼より今の彼のほうがいいと言った。
他県に嫁ぐことになったのである。
私たちのボランティア活動の仲間で、最初に再婚した人である。
明日、引越して他県に嫁ぐというという前の日に、その別れた彼から電話があった。
お互い電話で涙・涙。
私は役には立っていなかったが、そのボランテアの代表世話人をしていたから、彼女から恋愛から別れて再婚するまでのいきさつはすべて聞いていた。
最後の挨拶に電話をくれたときに、彼女が私に言った。
元カレとお互い涙で話した後、自分の心はまだこの人にあったのだと気づいたこと。
だけど、別の道を行くのだと。


私は今、運転中にN・S・Pや雅夢などのアルバムを、思うところがあって(笑)懐かしくて聴いている。


私のブログは若い人に訪問されいるとは思っていない。
だけど、もし若い人が読んでいるのなら、恋愛はたくさんしなさいねということだ。
若いときの恋愛は、切なくてその切なさに押しつぶされそうになっても、しないよりはしたほうがいい。
ご両親やその辺のおじさんおばさんにも、女の歴史や男の歴史があったかもしれないんだよ・・・ということだ。
そう思うと、ちょっとお年寄りにやさしくできると思う。(笑)








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| ひとりごと | 14:05 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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