引っ越してきて最大の収穫は。

いつも出かけるときに前を通る近所の家に、売家ではなく売地と看板が出たのはいつだろう?
車が止まっていたのも見なくなった。
60代の男性が一人で暮らしていて、庭もきれいに手入れされていて、その人が散歩しているときに私が庭にいて、一度だけ話しかけられて少し話したことがある人だった。
引っ越したと思っていた。
そして、売家じゃなく、なぜ売地なんだろうと不思議だった。

先日、近所のおじさんと話した時に、そこの家の話になった。
実は家で亡くなっていたと教えてくれた。
1月のお正月。
新聞配達の人が新聞がたまっていたので、おかしいと思い警察だか役所だかに連絡して発見されたそうだ。
1月1日の新聞はかなりの量だから、玄関も閉まっている、車も止まっている、年末から元旦の新聞も新聞受けにたまっている・・となれば、誰でもおかしいと思うだろう。


これがいわゆる孤独死というものだろう。

友人と孤独死について話したことがある。
彼女は家から10分くらいのところに息子の家がある。
だけど、息子は単身赴任でその家に住んでいない。
嫁さんと孫は住んでいるが、行き来がない。
息子と会うのは年に1回くらい。
自分は孤独死で間違いないと言っていた。
だけど孤独死、孤独死っていうのは他人であって、言われている本人は死んでいるから痛くもかゆくもないのだ。と言っていた。
そうだなと思う。
孤独死した人を不幸だと決めつけているような取り上げかたをされるけれど、孤独死って昔から普通にあったのではないだろうか?
孤独死した人をかわいそうな人と思うのは、上から目線だ。

広辞苑では、孤独死を「みとる人もなく一人きりで死ぬこと」と定義しているそうだ。
私の兄も弟も病院で亡くなったが、誰もみとってない。
誰もそばにいないときに亡くなったのだから。
それは孤独死って言わないのね。
例えば、家族と住んでる年寄りが、家族は旅行で出かけているときに、一人で留守番していたら、突然亡くなった。
旅行から帰ってきた家族が発見した。
なんて場合も、孤独死とは言わないのね。
孤独死って、あんがいあいまいだと思う。


一昨日、ガス屋のお兄ちゃんとその人に話になった。
私もいつそうなるかわからないと言ったら、奥さんは大丈夫ですよ、友達多いでしょと言う。
「友達はいないよ。整理したから。」と笑いながら言った。
若い子は孤独死なんてピンと来ないのだろう。
そして、人間はいつ何があってもおかしくないんだよと言った。
そこで突然閃いた。
もし、日中、家の前を通るときがあって、1階の雨戸がすべて閉じられていて車も止まっていたら、孤独死しているから警察に連絡してねと言った。
分かりました~と明るく言われたけれど、「その前に電話します。何回も電話しますから~。何回も電話して出なかったら、警察に連絡します」と言ってくれた。
やっぱり、いい子だな。
しんみり言われるよりも明るく言われるほうがいいし、拒否してもいいのに断ることもしない。
そして、すぐに話題が変わってお互い好きなサッカーの話をしたのだ。
私は、息子よりも若いこの子に、若いのに人を不快にさせないこの子にいつも感謝しているのだ。
口に出さないけれど。
引っ越してきて最大の収穫は、この子に感謝していることだと思う。
他人に感謝できる自分を見つけられたってこと。




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[ 2018/03/10 23:49 ] ひとりごと | TB(-) | CM(-)
プロフィール

sofianohaha

Author:sofianohaha
5匹の猫たちを連れて、まったく知り合いもいない、私を知る人もいない小さな田舎町に引っ越しをしました。
質素にひっそりと暮らしている、ぼっち生活を綴ります。



現在、
移住して2年が過ぎました。
5匹いた猫は4匹になり、相変わらず猫中心のひっそりとした生活を継続中です。